第三章 復讐 1




 ゴールデンウィークが始まった。

 とはいっても、四月三十日と五月の一、二日は日曜日でないかぎり一般的には平日。学生にはちゃんと授業が用意され、つまり教師にもちゃんと仕事がある。

 みどりの日の次の日。開政高校の全生徒数の約一割が欠席し、少々寂しい日であった。例年のことではあるらしい。

 学校自体は寂しかったが、うちのクラスは妙ににぎやかだった。休み前に出た新聞のおかげで、新しい女神様を見るために毎休み時間になるとクラス前の廊下がいっぱいになるせいだ。
 で、見にきた人たちは俺と雅が仲良くしゃべっているのを見て、満足するか嫉妬するか、とにかく黄色い叫び声をあげていく。おかげでうちのクラスの連中も落ち着かない。

 見られている雅の方は、さすがに気恥ずかしそうにしていた。五月号が出た日は、美術部内で一騒動あったらしいが、ちょうど来ていた榊原先輩と御手洗先輩にとりなされて解決したらしい。まあ、美術部は候補者両方がいたから、無理もない。

「え、じゃあ、今日町田先生、いないの? やった、日本史自習じゃん」

「いや、でもさ。何か、置いてった課題がすごい面倒なものらしくてさ。すっげえ不気味だったんだ、その笑い方」

「えー。何だよそれ。町田ちゃんが自分のデートで自習にするのに? 横暴っ」

「まあ、落ち着け、テツ。四人でやればあっという間だ」

 四人でも何も、日本史のことは雅に任せておけばささっと終わる。社会学系のことは雅が強い。俺は言語系の才能だけはあるらしい。おかげで英語だろうが古典だろうが漢文だろうがどんと来いだ。宏春は理科、哲夫は数学に強かった。去年の夏休みなど、それぞれで得意分野を片付けて持ち寄ったおかげで社会以外の宿題は一日で済んでしまったくらいだ。
 いくらテスト後の貼り出しに毎回顔を出しているとはいえ、やはり得意分野と苦手分野はあるわけで、俺たちの場合、得意分野がみんなばらばらだった。かなり、ラッキーだ。

「ところでさ。宏春、今月のカップル。あれ、本当?」

 ちょっと信じられない記事があった。恋人たちをスクープするメカニズムは先に述べたとおりだが、それを取り扱うコーナーに、とてもそうとは思えないカップルが載っていたのである。
 あの水野に恋人というのはたしかにスクープだけど、その相手が竹河先輩というのは、ちょっと信じられない。
 竹河先輩には、たしかに恋人はいなかったらしい。俺に振られたのは去年のちょうど今頃のことだし、可愛い子が嫌いなわけはないだろう。
 でも、あの人の好みは自分自身強い子じゃなかったか。水野はどちらかというと、強い人に守ってもらおうとするタイプだ。それに、どうも我が強すぎて人好きしないタイプだと思う。

「あれ? それがさ、うちの新入りがぎりぎりになって持ってきたネタでね。前後関係がはっきりしないんだ。デマだったとしても竹河先輩なら顔見知りだし、後で謝ればいいかと思って載せたんだけど」

「宏春自身は、どう思ってる?」

 つっこんでみたら、宏春は腕を組んだ。この反応は、四分の三疑残り信というところか。

「どうと言われても、ここのところ問題の二人を見かけてないしな。友也、確かめてこない? 剣道部復帰も兼ねてさ」

 それとこれとは関係ないだろうに、やっぱり新聞班長としてはネタが欲しいらしい。何かというと俺の復帰を促してくる。でも、今回は俺もいつものように誤魔化す気はなかった。

「自分で確かめに行きなよ。武道館には行くから、付き合ってやろうか?」

 へ?と素早く反応したのは、宏春と雅。哲夫は何でこの二人が驚いたのかわからなかったらしい。きょとんとしている。宏春が、驚きが覚めるとさっそく持ち前の野次馬根性で身を乗り出した。

「何、お前。今まで散々嫌がってて、どういう風の吹き回し?」

「どういうって、別に特別重大な決心をしたわけでもないしさ。そんなに驚かなくても」

「十分重大な決心だよっ。俺、ついさっきまで友也はもう二度と竹刀握らないんだろうって諦めてたぞ。何でそんなにあっさりしてるんだっ!」

「今日は武道館の人呼びにきてないよな。それって、そういうことだよな?」

「何? 友也、剣道部復帰するの?」

 やっとわかった哲夫が声を上げる。俺たちが珍しく大声で騒いでいたせいで、何事かと意識の片隅かどこかで気にしていたらしいクラスメイトたちが、哲夫の声を聞いてどっと集まってきた。
 俺のまわりにこんなに人が集まるというのは、かなり珍しい現象だ。それでも、俺に直接声をかけるのは勇気がいるようで、宏春や雅が槍玉にあげられる。気の毒ではあったが、困っているのがおもしろくて、俺は一人笑ってしまった。

「あ、友也ぁ。笑ってんなよなぁ。お前のことだろ」

「いや、だって、関係ないだろ、俺が剣道やろうとやるまいと。何大騒ぎすることがあるよ」

 相手が宏春だからこうやってちゃんと返答する。意地悪なのはまあ、自覚してるけど。これが見も知らない人相手だったら、軽く無視するだろうし、ただのクラスメイトならうざったいの一言で切り捨てる。俺はちゃんと自分が氷と言われる所以を理解はしているのだ。改善しようとは思っていない。

 俺に至極当然のことをつっこまれて、クラスメイトたちはすごすごと引き下がっていく。俺が普通の人だったなら、こんなに大騒ぎにはならなかっただろうから、これでいいんだと思う。静かに引き下がったのは、俺に『氷の女神』なんて名がついているせいもあるのだろう。でも、その名前のせいで大騒ぎにもなったわけで、それこそ賛否両論だ。

 クラスメイトたちが散った後で、ところで、と宏春が俺の顔を覗き込んだ。

「話戻すけど、一体どういう心境の変化があったわけ?」

「んー? まあ、いろいろとね。そろそろ傷のこととか、ふっきっても良いかなって。身体もなまってきちゃったし、せっかく二段持ってるんだから、さらに上を目指すのもおもしろいかもしれないし。
 障害を乗り越えて三段昇級ってのもカッコ良くていいんじゃない?と、じいさまに口説かれちゃいまして」

「おじいさん?」

 一緒に住んでるの?と雅。この辺りじゃ有名だよ、と俺の代わりに答えてくれたのは哲夫だった。
 さすがに市内で一番大きな剣道道場の道場主で七段の実力者ともなれば、市民報でも地域のご意見番のように扱われるし、武道家の精神に基づくその言葉は人々の心を揺さぶるらしく、このあたりでは市議会議員よりも有名な存在だった。それが祖父である。
 説明しなくても哲夫も宏春も知っていて、ついでに有名人の肉親を持つ者同士、ある程度善し悪しもわかってしまったりするのだった。何しろ、哲夫の父親はこの辺の自営業者ご用達の会計士で、宏春の両親は個人医院としては大きめの入院施設を持つ、内科、外科、小児科を兼任する医院のお医者様だから。

「何だ。普通のサラリーマンの子供って、俺だけか」

「あのなあ。全国規模の大会社の支店長が、普通のサラリーマンか?」

「え? 宏春、何でそんなこと知ってるの?」

「俺様の情報網を舐めなさるなって」

 くっくっと笑った。選挙時の雅のプロフィールにあったその情報、本当だったんだ。でっちあげかと思ってた、俺。

 なんて言ってると、チャイムが鳴った。廊下に群がっていた人々が、それぞれの教室に帰っていく。今日はずっとこの調子らしい。





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