13
ぐっすり眠って目が覚めたら、いつもの起床時間を三十分も過ぎていた。
慌てて身仕度を済ませ、台所に下りていく。包んでくれた弁当箱をカバンにつっこんで、かりっと焼けた食パンを口にくわえて、玄関に走る。もう七時四十分。遅刻はしなくても、迎えに来ると言っていた雅に心配させてしまう。
靴を履いて外へ飛び出したら、そこに雅が立っていた。ちょうど来たところらしく、呼び鈴に手を伸ばした格好で驚いている。
「ふぁ、おはほー」
あ、おはよう、と言ったつもり。何しろ、右手でカバンを押さえて左手で靴を履いていて、パンをくわえたままだから、日本語にならない。
その格好がおかしかったらしく、雅はくすくす笑っておはようと返した。俺の口からパンを引き取ってくれる。
「行ってきますっ」
「行ってらっしゃい。気をつけるのよ」
家の中から母の声が聞こえてきた。靴をちゃんと履いて、雅からパンを受け取り、歩き出す。
「どうしたの、友也。寝坊?」
珍しいこともあるものだ、と雅がからかってくる。昨日の悪夢の話は俺のプライドが許さなかったので、ちょっとね、で誤魔化した。誤魔化されてくれるから雅って好き。
「電話、あった?」
ずっと心配してくれていたらしい。本当に心配そうに俺の顔を覗き込んで、雅がそう尋ねる。俺は首を傾げてみせた。
「宏春がうちの母親に報告してくれててさ。電話みんな母親が取ったから。わからない」
「あ、じゃあ、とりあえず問題ないんだ。宏春、お手柄」
良かったね、と雅が言うので、良かったのかどうかはよくわからないが、とりあえず頷いた。まあ、わずらわされないことは確かだから、良かったんだろう。
それからは学校に着くまでずっと世間話に花を咲かせた。何をしゃべったかなんて覚えてないし、それが世間話というもの。教室でもずっとしゃべっていたから、後から来た宏春と哲夫に驚かれてしまった。もしかしたら、俺が実に楽しそうに笑っていたからかもしれない。
宏春の椅子に座って雅としゃべっていた俺は、驚いている二人を見上げて笑ってみせた。
「おはよう、二人とも」
「おう、おはよう。何だよ、朝から元気だな」
心配して損したという口調の宏春は、俺の頭の上にぺらぺらの紙を乗せた。哲夫はカバンを自分の机に置いて戻ってくる。
「友也、十円」
「何だ? まだ発行日じゃないでしょ?」
それは、メディア研究部新聞班で発行する月刊新聞だった。毎月一日発売の物だ。まだ四月末なのに、どうしたのかと思って見やったら、宏春はいつもどおりの何か企んだ笑みを見せた。
「ゴールデンウィークは欠席する奴が多いからな。五月号は例年四月末発売なんだ」
なるほど。今日は二十八日。明日からゴールデンウィークだ。納得して、十円出した。印刷は学校の印刷機を使うから、紙代諸経費を入れて十円、というわけである。
本来発売日の昼休みから学生掲示板前と第二移動教室前、図書室、職員室前の四箇所に並べて売る、無人販売形式なのだが、俺は宏春の友人というつてを頼んでその日の朝に手に入れていた。わざわざ買いにいったら、俺の場合、目立つこと受け合いなのだ。
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