第一章 Wellcome to・・・ 1




 はあ。

 深く溜息をついた俺の頭上に、影が二つ。それを気にも留めないで、俺が机に突っ伏したままだったのは、それが見知った雰囲気を持っていたからだった。同じクラスがついに五年目。見事腐れ縁状態の二人なので、これで十分。

「お? どうしたよ、友也。寝不足か?」

 なかなか元気のいいこいつは下山田哲夫。いつも陽に焼けた健康的な肌をしているサッカー少年で、この年令にしては妙に絆創膏の似合う奴だ。

「いやいや。昨日すれ違った長髪の美人に恋煩いだよ」

 どう聞いてみてもからかっているとしか思えないことを言う、この眼鏡のインテリ男は高井宏春。これでも心理学に興味を持っていて、本気で苦しい時などは一番頼りになる男である。

 ちなみに、俺の名前は長峰友也という。多分、この二人に比べたらずっと平凡な人間だ。表現方法が見当らないから。

「ふーん。で、男? 女?」

「さあな。俺は後ろ姿しか見てないから、何とも。案外この学校の生徒かもしれないぞ」

「あははは。友也のことだし、ありえ……うぐっ」

 言われたとたん、俺の左手が哲夫の腹に収まっていた。軽々しくそういうことを言うからいけない。自業自得だ。

 高校二年生の春。俺の下駄箱や机の中には、毎日何通かのラブレターが入っていて、一通もなかった日がない。当然、他校の人間が忍び込んでいるわけはなく、ということは、全部この学校の奴からの物だ。年上、同学年、年下。進級した今ではこの三パターンに分けられる。生徒だけではなく、たまには教師からのもあったりする。が、それがどうしたというのだ。それら全部、差出人は男だ。

 何故か、この学校で『氷の女神』というと、俺を指していた。女みたいな容姿をしているのも、あまり背が高くないのも、否定はしないが、それにしたって女のような立場に立たされる男のプライドという奴も考えてほしい。男子校という場所柄、手近に女がいないというのはよくわかるが、だからって男に手を出すな。しかも、俺に。

「まあ、冗談はおいといて。今日は、何通だった?」

 その宏春の声に、俺は机の上にだらんとのばした手を片方あげて、人差し指を立てた。おや、という反応を聞いてから、その手をパーに開く。そうして、腕をおろした。へえ、という哲夫の声と、ほう、という宏春の声がステレオで聞こえる。

「ってことは、今のところ集計史上最多だな」

「まだ四日目だろ」

 正しい突っ込みをした哲夫の言葉に、俺も机に密着させた顔をこくこくと頷かせる。

 何通、というのは、ラブレターの数だ。俺に『氷の女神』という名を与えたのが、他ならぬこの宏春だった。今年の春卒業した『太陽の女神』榊原先輩に対抗して付けられた名前らしい。そういう名前を代々勝手に付けているメディア研究部の今年度新聞班長がこの宏春だった。俺の友人という立場を利用して、今年一年「『氷の女神』完全密着」特集を組むのだという。もう、勝手にしてくれ。

 楽しそうににやにやと笑っていた宏春は、ふと思い出したように真面目な顔をして、俺の顔を覗き込んだ。

「で、本当にお前さ。誰か特定の奴、作れって」

 またその話か。ここの所ほぼ毎日だな。

「嫌だよ。今はそんな気になれないって言ってるだろ」

「意地張ってるより、紛らわしたほうが治り早いだろ。一年の水野なんかどうだ? 今年の『太陽の女神』最有力候補だぞ」

「男は何でも却下」

「じゃあ、俺なら?」

「お友達でいられないならふっちまうぞ」

「げ。それは困る」

 何で困るんだか。呆れて俺は溜息をつく。それから、ちょっといじめてやるかという気になった。もし容赦が感じられなかったとしたら、それは疲れている俺にちょっかいを出してきた宏春が悪い。

「そういえば、宏春。お前、可愛い系の子に人気あるんだって? 知的でカッコイイって。良かったじゃんか、もてもてで」

「お、俺のことはどうだっていいんだよっ」

 柄にもなく慌てて、宏春はいきなり哲夫に抱きついた。抱きつかれたほうは、びっくりしてまわりをきょろきょろ見回している。平然としているようにも見えるが、明らかに耳の辺りが真っ赤だ。

「俺にはテツがいるんだっ」

「そーかそーか。良かったな、お前らは、ラブラブで」

 呆れて宏春を見上げた俺は、思いっきり大きな溜息をつき、また机とほっぺたを仲良くさせてやった。こいつら、男同士でどうしてこうも恥ずかしげもなくいちゃいちゃできるかな。見てるこっちが恥ずかしいぞ。





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