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「ひああああっ!!」

 はっ。

 目が開いても、しばらくぼうっとしていた。天井を見ていたのだろうけど、脳はまったく認識していなかった。
 やがて、それが俺の部屋の天井だと気がついて、ほうっと息を吐きだす。吐き出して、それまで息を止めていたのに気がついた。廊下をばたばたと走る音が聞こえて、部屋の戸がいきなり開いた。父と母と祖父がそこから入ってくる。

 あ、自分の悲鳴で目が覚めたんだ、と。その時やっと気がついた。俺の目が開いているのでほっとしたらしく、父がゆっくり近づいてくる。

「大丈夫か?友也」

「……ん。平気。ごめんなさい、起こしちゃって」

 父の後に近づいてきた母が、汗びっしょりになっている俺の前髪を掻きあげる。

「恐い夢を見たの?」

 恐かったのね、と言って、俺の頭を撫でる。後からやっと来た祖母にもう大丈夫だという祖父の声が聞こえた。母に撫でられているうちに、自分が落ち着いていくのがわかる。

「もう大丈夫ね。まだ時間も早いから、ゆっくり休みなさい」

「ん。ありがと」

 おやすみ、と口々に言って、ぞろぞろとそれぞれの寝室に戻っていく。そして誰もいなくなった部屋で、俺は自分の身体を抱き締めた。

 ただの夢だったらどんなに良かったか。でも、あれは多分、俺の忘れていた記憶だった。それも、意図的に忘れた記憶。あんなリアルなただの夢、ありえない。

 俺が寿士さんから離れられなかった理由があれだとしたら、それは愛だの恋だの依存だのという甘っちょろいものじゃなくて、恐怖のせいだ。誰にも言えなくて、でも寿士さんから離れたら何が起こるかわからなくて、いつ寿士さんの口からばらされるかわからなくて、恐くて、片時も離れないように一緒にいたんだ。
 逆らえるわけがない。離れられるわけがなかったのだ。記憶からは消し去れても、その恐怖はちゃんと心に残されていて、だから離れようがなかった。離れるのが恐かったのだから、恐いから離れるなんて考えもしない。そして、離れるのが恐い、に好きだからと言い訳を付け加えた。
 寿士さんは、きっと俺に飽きてしまったのだろう。だから、捨てられた。もともとセックスする物だったんだから、それこそ躊躇せずに。俺は、離れてしまったから、そばにいられなくなってしまったから、自分の身が、心が守れなくなって、絶望した。そういうことだったんだ。
 失恋のショックじゃなくて、ただ人間が恐くなっただけ。この人は寿士さんから聞いて知ってるんじゃないか、影で笑ってるんじゃないかって、そういう風にしか見られなかったから。恋愛恐怖症なんて言って、本当は人間恐怖症だったのだ。ただ、宏春と哲夫が、そこまでの強迫観念を持ってほしくなくて、恋愛恐怖症にすり替えてくれただけ。
 宏春と哲夫と家族にしか、心を許せなかった。彼らなら、もし聞いていても正直に態度に表してくれると信じていたから。

 あれから半年経って、寿士さん以外の人間を見る機会が増えて、寿士さんのような人の方が特殊なのだと知った。最初に俺を暗闇から救ってくれたのは、多分榊原先輩。それから、竹河先輩に御手洗先輩に林先輩に長谷先輩。決定打はきっと、雅だ。俺をここまで引っ張りあげてくれた。真実をこうして受けとめられるくらいまで。
 みんなが、そんなつもりはなかっただろうけど、何だかんだとそばで元気づけてくれたから。助けてくれたから。きっと、俺がどんな経験をしていたとしても、例えその経験を知ってしまったとしても、態度を変えない人たちだと信じられるから。その勇気をみんなが少しずつ分けてくれたんだと思う。
 そういう意味で言うと、もしかして、右手の自由を失ったことがプラスになったのかもしれない。雅はともかく、先輩たちはみんな、俺が右手が使えなくなったことで、あんなに励ましてくれたのだから。

 本当に、世の中何がどっちに転ぶかわかったものじゃない。

 自分をレイプした男をいつまでも好きでいるほど、俺は奇特な人間じゃないつもりだ。大丈夫。もう、すべてふっきれる。そう思った。

 でもそれは、多分、雅が側にいてくれるから。彼が、側にいてあげる、と、そう言ってくれたから、思えたことだった。





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