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 さすが日曜昼間の下り電車はすいていて、俺たち四人並んで座って、他愛無い話で笑いあった。俺なんて心ここにあらずで、でもみんなにつられて笑っていた。これ以上心配をかけたくなかったから。

 電車を降りて、いつもの道をてくてく歩く。哲夫は宏春の家に遊びにいくのだそうで、いつもの曲がり角で曲がっていかなかった。多分、俺を心配していて、でも俺に余計なことを考えさせたくなくて、そういうことにしたんだ。まあ、その後で宏春の家でいちゃいちゃするのは本当だろうけど。

「なあ、友也」

「ん?」

 左隣の宏春が声をかけてくる。右隣には雅がいて、哲夫は俺のすぐ後を歩いていた。守ってくれてるんだって、よくわかる。こうやって歩いていると、安心するものらしい。

「しばらくお前、電話に出るなよ」

「……何でまた?」

 本当に意味がわからなくて聞き返した俺は、言ってから理解して困ってしまった。出るなと言われても、うちにかかってくる電話なんてほとんど俺にか何かの勧誘なので、俺が出るというのが暗黙の了解になっている家なわけである。ちょっと無理な注文だ。

「あの野郎からの電話だけは絶対に取るな、って言いたいところだけど、どれがそうだかわからないだろ? だから、電話に出るな」

「あの人、別れ際に『また電話する』なんて言ってたからな。あれ、多分本当にすると思うし」

「……かかってこないと思うけどな。寿士さん、電話無精に筆無精だから」

「寿士さんっ!?」

「お前、まだあの野郎のことそんなふうに呼んでんのかっ!?」

「お前がそんなだから、あいつがつけあがるんじゃないかっ!!」

 え?

 言われてやっと気づいた俺って、かなり間抜けだと思う。その通りだ。自分を恋愛恐怖症にした相手を、何さん付けしてるんだろう。馬鹿みたいじゃないか。

 あの人のことを愛していたのは、本当の話だった。初めての相手だったからかもしれない。俺は、あの人にだけは逆らえない。どんなにひどいことをされても、それこそ乱暴にされても浮気されても、あの人からは離れられなかった。
 そこに姿があれば無意識に追いかけてしまう。ごめんね、なんて言われたら、無条件に許してしまう。何故なのか、自分でもわからないけど。楽しいことなんてほとんどなかったし、泣き寝入りしたことも何度もあるけど。でも、あの人は俺の大事な人。まるでインプリンティングされたみたいに。ふられた今でも、大事な人。

 寿士さんは、電話をくれたことがない。俺が中学を卒業してからは、家にも来たことがなかった。俺たちが会うのは、前に会った時に約束をしたか、あの人が学校の前で待ってた時だけ。俺はそれで十分だったし、それを不思議に思ったこともなかった。
 宏春も哲夫も、ずっと別れろと言っていた気がするけど、俺に寿士さんと別れられたはずがない。恋は盲目なんて言うけど、本当にそうだったから。

「え、ちょっと、友也。泣くなよ」

「悪かったよ。言い過ぎた。ごめん」

 あれ? 俺、泣いてる? やだな、みっともない。立ち止まっていた俺は、三人の友達に囲まれて怒られて、泣いていたらしい。俺ってば、ガキだなぁ。こんなことで泣いちゃうなんて。

「……そうだよな。友也はまだふっ切れてないもんな」

 ごめん。忘れてたよ。そう言って、宏春が俺の頭を撫でる。俺の頭って、どうやら彼の撫でやすい位置にあるらしい。いつも撫でられてる気がする。

「うさばらしにさ。一緒に温泉行こうぜ。旅行して、羽根のばしたら、ちょっとは気も晴れるだろ」

「ああ、そうだな。雅も来いよ。和室二人で借りたから、人数増えても大丈夫だろうしさ」

「……旅行?」

「そう。五月の三、四日。一泊二日で、西伊豆。突然じゃ無理か?」

「いや、大丈夫だけど。邪魔じゃない?」

「邪魔なら誘わない。俺ら二人の共通の優先順位はね、一位が友也で二位がお互いなの。こういう友也置いて、二人で旅行になんて行けないんだ」

 な、行こうぜ、と哲夫が誘ってくれる。俺はこくりと頷いた。あまりこの二人に甘えてばかりもいられないけど、でも、やっぱり自分の心の傷は早く治したいから。いつまでも辛いのは嫌だから。気を紛らわせて早く忘れようと、そう思うから。

「よし、決まり。じゃあ、旅館に電話して、人数増やしておくからな」

「ん。楽しみにしてる」

 答えたら、また宏春に頭を撫でられた。やっぱり、どうやら撫でやすいらしかった。

 いつもの十字路で、宏春と哲夫は自転車に二人乗りしていってしまった。

 結局一言もしゃべらないで、雅の家に着く。俺はそこで立ち止まり、雅は当然のように玄関前を通り過ぎた。

「雅。行きすぎ」

「送るって言ったろ? ほら、早く来いよ」

 ひらひらと手招きされる。雅の家は誰もいないようで、しんと静まり返っていた。ガレージに車がないから、出かけているのだろう。時間も早いし、それが当然かもしれない。

「でも……」

「いいから。おいで」

 何か、今日はみんな俺のことをガキ扱いしてる気がする。気がしたけど、気持ちが良かったので言わなかった。素直に雅のそばに寄ると、雅は満足そうにまた歩き出した。





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