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「そうそう。俺さぁ、友也の絵って見たことないんだけど。どこでどんな絵描いてんだ?」
え? 俺たちは一様に固まる。餃子を食おうとしていた宏春が、皿の上に餃子を落とした。たれをつけない主義で良かったなあ。たれの上に落としていたら、今頃悲惨な状況になっていた。
「え? 何? 聞いちゃいけなかった?」
俺だけでなく宏春も哲夫も固まってしまったので不安になったらしい。おろおろと俺たちを見ている。宏春と哲夫が、顔を見合わせて同時に俺を見つめた。ショックが去って、俺は頭を抱える。
い、言えない……。
「好きな人には言えないよなあ、友也」
「違うよ、ヒロ。好きな人、じゃなくて、雅だから言えないんだ」
あれ? もしかしなくても、哲夫も雅が俺に片思いしてるの、知ってる。まったく、勘のいいカップル。
「まあねぇ。逃げる口実自分で潰してりゃ世話ないよな」
男同士ってタブーのことだな。でも、目の前に同性愛カップルがいて、いまさらな気がしなくないか?
「な、何なんだよ、いったい。だって、イラストレーターだろ? 友也がアダルトとかは描かないだろうし」
「あ、近い」
はあ? わけわからん、と雅は眉をひそめる。近い、というかなんというか、俺は返答に困って黙った。宏春と哲夫が楽しそうに言う。もう、完全に俺をからかってる。
「十八禁とかR指定とかはないけどな。似たようなもんだ」
「とりあえず、雅なら……っていうか、うちの学校の奴なら半分は、鳥肌立てずに済むだろうな」
そこまで言えば、教えているのと同じだ。もともと隠しておく気は二人ともなかったらしい。
「……え? エッチなの?」
こういう説明でも、雅にはここまでしか聞き取れなかったようだ。やっぱり、わかってる人とわかってない人じゃ、理解度が違う。何でそこまでしかわからないかなあ、と宏春が降参したように手をあげた。
「この手がね。少女マンガちっくな絵を描くのよ。それこそ『花ゆめ』系の絵。びっくりするぞ」
「その絵でね。絡むんだよねえ、男同士で。まっとうな男が見たら、ただじゃ済まないかも」
「ひどいなぁ。俺だってまっとうな男なんだけど?」
とりあえず、抵抗してみる。ところがというか、やっぱりというか、どこがぁ、と二人揃って言われてしまった。確かに、そういう絵を描いて欝憤晴らしてる俺も俺だし、まっとうな男といって認めてもらえるはずがないのはわかってたから、いいんだけど。ええい、拗ねてやる。
「……そ、そんなの描いてるの?」
「最近結構売れっ子さんになってるんだよ。見てみる?」
言って、宏春は自分のカバンを探り出す。どうやらそもそも雅に見せるために持ってきていたらしい。でも、買ってたんだ、宏春。思いっきり女の子ものだし、恥ずかしいだろうに。
「買ってるんだ……」
「ヒロね、友也がイラスト描いた本全部持ってるよ。俺は一冊も買ってないけど」
「勇気あるなあ」
俺なんか、貰っちゃってるけど、ああいう本は買うのも勇気がいって、保管するのも勇気がいるんだ。尊敬して見やった先で、宏春はそれを隠しもせずに雅に渡していた。良かった、表紙はそうでもない奴だ。
「あ、かわいい……」
お褒めにあずかりまして。俺は、その画風のおかげで男とばれずに済んでいる。世の中何がどっちに転ぶかわからないものだ。俺のこのパターンは良い方に転んだ例だろう。
「その本はさ、友也がイラスト描いてるから買った本だけど。話でも気に入ったほうだな。去年の冬に出たんだ。十二月だっけ?」
それが、俺のデビュー作でもある。以来、こないだ締切があったので十二冊。シリーズもののイラストを任されたので、とりあえずそれが終わるまでは職を失わずに済みそうだ。マンガを描いていない分暇なので、それだけこなした数が多いわけである。
へえ、と宏春の台詞を聞きながら、雅はページをぱらぱらとめくっていく。たまにイラストページで止めて、しみじみと眺めている。そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしい。べつに俺が見られてるわけじゃないんだけど。
「……あ、これは」
本は残り数ページというところ。内容で言うと、男同士の絡みのシーンだろう。雅はその絵を見て真っ赤になっている。
宏春と哲夫はその反応ににやにやと笑っていた。その絵は三人揃って美術選択の俺たちが、ああじゃないこうじゃないと言い合って描きあげた、いわば三人の共同作業による絵だった。
当時すでに肉体関係を持っていた宏春と哲夫は、身体の隅々まで知りあった仲で、そのおかげで普通なら言えないエッチな言葉もさらっと口にしてくれる。おかげで、描きやすいことこの上ない。
普通、男女のセックスだってある意味グロテスクで、あまり正確には描写されない。絵を描くときは、大事な部分だけぼやかして描くようにしている。
細部まで描写されるのは文章くらいのもので、ということは、それ自体が禁忌とされる男同士のセックスでは、さらに自主規制がかかる。そばに細部まで細かく描写した文章があるときなどは、イラストの責任はきわめて大きい。
想像できるように、でもきっちりとは想像できないように、というのが、俺に注文をつけてくる編集さんのお言葉だ。そんなこと言われても、って感じで、そのぎりぎりの線が最初は難しかった。今じゃさすがに慣れたが。
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[mokuji]
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