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 雅が入って四人組になった俺たちは、あれから毎日一緒に帰っている。一番家が近いのが哲夫で、一番家が遠いのが宏春だった。俺と雅は大通りを挟んで歩いて三分のところに住んでいたらしい。学校からは二十分かかるが、それでも近いことには変わりなく。

「あのさぁ」

 と、その話を持ちかけたのは、哲夫だった。

「明後日、みんなで映画見にいかない? チケット四枚手に入ってさ。『ジュラシックランド』なんだけど」

 二人でデートしてくれば、という冷やかしを未然に防いで、哲夫にしては珍しく今流行の映画の題を口にする。哲夫の家は父親が会計事務所を開いているので、こういった招待券はちょくちょく手に入る。甘やかされている末っ子で、たいていは哲夫に渡っていた。というよりも、姉の興味を引かなかった券が残ってきているようだが。

「いいね。見てみたいとは思ってたんだ」

「で、どこで?」

「渋谷」

 高校側の最寄駅から電車を乗り継いで一時間半。なかなか便利な場所に住んでいる。

「何時待ち合わせにする?」

「朝のうちに見ようぜ。そしたら、昼から丸々遊べるし」

「あ、じゃあ、九時に胸像前」

「八時半。早い?」

「わかった。八時半な。じゃ、俺はここで」

 バイバイ、と手を振って、哲夫が路地に入っていく。それを見送って、今度は三人並んで歩きだした。

 今日メディア研究部の部室で聞いた話をしたら、どうやら雅もそれは知っていたらしいことが判明した。美術部員だから、そこでは公認だということは知っていても不思議はない。

「今日ちょうどさかちゃん先輩が来ててね。たまに授業がないときとか顔出してくれるんだけど。町田先生って、さかちゃん先輩の前だと人が変わるよ。見てるとおもしろい」

 なるほど、本当に恋人同士らしい。

「あの二人も、あそこまで行くのに結構苦労したらしいからねぇ」

 何やらわけ知りにそう言う宏春に俺も雅も注目する。そりゃ、教師と生徒だ。並みならぬ苦労はあっただろう。それが、宏春の口調から察するに、どうやら本当に並みじゃない苦労らしい。

「ほら、榊原先輩って、一年の時から女神様だっただろ。だから、まわりに監視されちゃうんだよね。おかげで、気持ち告白するのが本当大変だったんだって。でもって、町田先生ってもともとノーマルだから、同性ってタブーを克服させるのに一苦労。さらに、先生のお見合い事件があったり、榊原先輩にストーカーがついて大変だったり。よくあれで他の人にばれなかったよな。不思議不思議」

 『太陽の女神』の友人は新聞班長になるというジンクスどおり、榊原先輩の友人も新聞班長をしていた。宏春の二代前がそれだ。去年のメディア研究部部長である。その人に、宏春はあれこれ聞いていたらしい。今まで誰にもしゃべれなかった分、宏春の口はよく動く。まるで水を得た魚だ。

 そんな話をしているうちに、いつも別れる十字路に辿り着いてしまった。

「じゃあ、また明後日」

 ひらひらと手を振って、宏春はここまでひいて歩いていた自転車に乗って、走り去る。

 ここを曲がってしばらく行くと、雅の家。それから大通りを渡った先が俺の家だ。雅の家は幼稚園時代まで住んでいたその家なのだそうで、高知にいた間は他の人に貸していたのだそうである。

「なあ、友也。一つ聞いていいか?」

「何?」

 よく似合う長い髪が、足を踏みだすたびにさらさらと揺れる。最近では俺もその髪を眺めているのが好きになっていた。男のこれだけ長い髪というのは、普通はうっとうしいものなのだろうけど、これはなんか似合ってる。

「なんで『氷』なんだ?」

 いきなり何聞きだすんだろう。前の会話と脈絡がなくて、俺はびっくりして雅を見つめた。いやね、と雅は言い訳を始める。

「明るくって可愛くって優しくって、花とか太陽とか言われたら納得できるんだけど、氷なんてどうしても連想できないんだよな。ずっと考えてたんだけど、どうしてもわからないんだ」

「俺、明るくも優しくもないよ。あの二人と一緒にいるところしか見てないから、そういう感想になるだけ。宏春なんてね、哲夫の能天気と俺の冷たさを足すとちょうどいい、って言ってる。俺に氷ってつけたの、宏春だからね。間違ってはないんだよ」

 俺が冷たくなるのは、ちゃんと相手を選んでるから、普通に友人している分にはわからないかもしれない。実際、雅に俺が冷たく当たったこと、ないし。

「俺も、能天気ぶりには自信があるんだけどな」

 あら。またその話ですか。転入してきた日以来、毎日手を変え品を変えては果敢にアタックしてくる雅の根気には脱帽する。でも。

「お友達でいようよ。俺も雅のこと好きだけど、友達以上には見られない。
 って、毎日言ってない?俺」
 
「毎日攻めて攻めて攻めまくるくらい、好きなんだよ」

「断り続けながらそれでも友達でいたいくらいには、俺も気に入ってるんだよ。雅のこと」

 だから、嫌われないうちに諦めなさい、と。そう言って断るしかない。自分の一目惚れに素直になれるほど、俺はまだ去年の失恋から立ち直っていないから。本気で好きになって、また捨てられるのは恐いから。

「十一年目の片思いを、そんなあっさり切り捨てないでよ」

「意地になってるだけだよ。十年も離れてて、気持ち変わらないわけないじゃないか」

 気持ちが変わったから、子供の好きじゃなくて大人の好きになってるんだろう。それはわかるけど。理屈をこねてわからないふりをする。思いに答えられないんだから、仕方がないのだ。俺の雅に対する気持ちは、これは恋じゃない。友情だ。それに、一目惚れといったって、もうとっくに覚めている。今更恋愛にはなりそうもない。
 なんて、心に傷が残ってなかったら、もうとっくにほだされちゃってるんだろうけど。

 おや。ちょうど雅の家の前だ。

「じゃあ、また明後日」

「送ろうか?」

「いいよ。すぐそこだから」

 じゃあね、と手を振って、俺は一人家路に着く。雅が大通りに向かう俺を見送ってくれた。





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