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 俺の家は、剣道道場を開いている。隣の市からもわざわざ門下生が通ってくるほどには、このあたりでは有名な道場だ。祖父が七段で父が六段。家に帰れば嫌でも剣道に関わる、と竹河先輩が言ったのもそのせいだ。道場らしい小さな門をくぐると、門下生たちの掛け声が聞こえてくる。どたばたと足音もすごい。

 今の時間集まっているのは小学生だ。あと一時間もすると、これが中学生に変わる。土日は高校生や大学生、会社員などになる。稽古が終わるのは夜九時だ。

 この道場の存在が、俺のショックに拍車をかけていたのは、事実だった。嫌でも、夜九時までは聞き慣れた音が聞こえてくる。これで生計を立てているのだから文句は言えないが、なまじ俺も段位を取るくらいに剣道は好きだったから、余計悔しかった。
 もう今ではなんともない、と言えるといいのだけど、今でも道場の横を通るたびに胸がうずく。動かない右手を壁に叩きつけたい衝動に駆られる。だから、いつもここを通るときは駆け足だ。

 我が家の夕飯時間は稽古が終わる夜九時だ。今はまだ七時。珍しく運動してきて腹が減った俺は、台所にいっておやつを物色することにした。

「あら、友也。お帰り。一緒にお茶する?」

 中年太りの母とやせっぽちの祖母が茶の間から声をかけた。見ると煎餅をかじりつつ茶を飲んでいる。その煎餅、俺の好物だ。

「ちょっと頂戴。部屋で食う」

 ついでに、自分の湯呑みに茶を汲んで、三枚煎餅を取って肩にかけたカバンにつっこむと、部屋を出た。この母と祖母、俺が右手が使えないからって手伝ってはくれないのだ。そのおかげで、右手が使えない不自由さはさっさと克服してしまった。

 部屋に入ってカバンを下ろすと、俺は煎餅をかじりながら押入を探り始めた。この辺に幼稚園の頃のアルバムがしまってあったはず。

「あったあった。これだ」

 押入を片付けるたびに目にはするので、見覚えはあった。普通のアルバムである。集合写真に名前対応表がついているあたり、このアルバムを作ったうちの母上は芸が細かい。

「かつらみやび。これだ」

 お、かわいい。このくらいのガキはみんな黙ってれば可愛いものだが、雅の子供の頃って、本当に女の子みたいに可愛い。ついでに、俺も隣に写っている。本当に、仲が良かったんだ。

 ぺらっとめくったら、びっくりした。俺が、雅に、ほっぺにちゅっとキスしている瞬間が写っていたのだ。背景からして、運動会か何かの時の写真だろう。すごいシャッターチャンスを見事とらえている。
 この辺は父の手柄だ。母はひどい機械音痴で、どんなカメラで撮らせてもなぜかピンぼけ写真になるのだ。こんなにきれいには撮れない。

 まだ髪の短い雅は、嬉しそうに写真の中で笑っていた。

 何だか自分が忘れてしまったことが写真で残っていることが楽しくて、どんどんページをめくっていった。初めての昇級試験、小学校の入学式、遠足、ジュニア選手権優勝、運動会。色々な場面が写真で残っている。
 小学生の頃、俺の生活の中心は剣道で、おかげであまり仲の良い友人がいなかった。だから、たぶん忘れてしまったのだろう。小学生の頃はいじめられっ子で、よく泣いて帰ってきたものだと母に聞かされたときは驚いたものだ。小学校の卒業式で、そのアルバムは終わっていた。

 二冊目のアルバムには、宏春と哲夫がたくさん写っている。五年目クラスメイトは伊達じゃない。一年目から気が合って、ずっと三人つるんでいる。いつでも一緒だった。たぶん、どんなイベントでも別れたことはなかっただろう。

 その二冊目のアルバムに、中学の時のショタコン家庭教師が写っている写真が一枚入っていた。全部処分したつもりだったのに。処分しきれていなかったらしい。
 剥がしてしまおうとアルバムのセロファンに手をかけて、やめた。後で、そんなこともあったなと笑えるように、とっておくのもまた一興だ。それに、今更こだわるのもなんか自分で馬鹿馬鹿しかったから。

 ふと時計を見て、はっと気がついた。

「大変だ。明日、入稿日っ」

 こんなことしている場合じゃない。





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