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 さすがに、重い竹刀を左手一本で支えるのは無理があったらしい。武道館の仲間と別れて第三棟に向かう途中、痺れた左手を握ったり開いたりして事後運動をしておくのも、身体を守る秘訣のようなものだ。

 渡り廊下に一番近い部屋がメディア研究部の部室。そこから聞き慣れた声が聞こえて、俺は立ち止まった。

「ってのに、あの男、何て言ったと思う? 『俺はやっぱり友也にはふさわしくない男だ。別れよう』だって。ただでさえ、右手は治らないかもしれないなんて医者に宣告されてショック受けてたってのに、さらに追い打ちかけるか、普通。まがりなりにも恋人名乗ってたならさ、退院を待つくらいのデリカシー持てってんだよ。
 あいつ、親にも期待されてた天才剣士だったからさ、ショックでかかったんだよな。期待が大きいとさ、それが破れたときのショックって物凄いだろ。友也は冗談抜きでその状態だったから。普通の高校生とは勝手が違うって、なんでわからないんだろうね、あの馬鹿野郎」

 あの別れ話、聞いてたんだ、宏春の奴。どうりで、彼氏に振られたって言ったときのリアクションが大袈裟だったわけだ。でも、聞いてたからこそ、あんなに俺のこと守ってくれていたのかもしれないと思うと、怒る気にはなれない。

「その、滝川って、何者なわけ?」

 雅の声だ。宏春が夢中でしゃべくってた相手は雅だったらしい。まあ、他にはいないだろうけど。

「友也の中学ん時の家庭教師。教え子に手え出すなんて、最低な奴だよ。友也は納得してたみたいだから、俺には怒る権利ないんだけど。よく続いたと思うよ、俺なんて。友也だから、なんだろうな。剣道やってるせいか、友也ってかなり我慢強くて打たれ強いから。でなきゃ、とっくに愛想尽かしてるって」

「その男の正体、見破れなかった友也も友也じゃないのか?」

「見破ってたんだよ。知ってて、それでも惚れてたんだ。でなきゃ、振られたくらいでそんなにショック受けるもんか。俺だってね、伊達や粋狂で友也に『氷』なんて付けたわけじゃないんだよ。それだけ惚れ込んでたからこそ、振られたときのショックもでかかったんだ。あの男も、馬鹿だよな。友也以上に好いてくれる奴なんざいないだろうにさ。気づかないでやんの」

 今更気づいてより戻そうとしたって、俺たちが許さないよ、と宏春が強い口調で言う。俺って、友人運がメチャクチャいい。こんなに理解してくれて助けてくれる友達って、そういない。

「何で俺にそんなことを言うんだ?」

「惚れてんだろ? 友也に」

 あっさりと言われた言葉に、俺はさすがにびっくりした。何といっても、雅と宏春は今日始めて会った仲だ。それでわかるなんて、只者じゃない。雅も驚いたようで、何故と問い返す声が裏返っている。

「目を見てればわかるよ。伊達に新聞班長やってるわけじゃない。雅が友也を見る目は、俺がテツを見る目と一緒さ。恋する男の目」

 この男、どうしてこうも簡単に惚気られるのだろう。あんまりあっさりしすぎていてつっこむタイミングを逸したらしい雅は、何だか悔しそうに唸っている。

「まあ、ともかくさ。俺はね、友也に早く元気になってもらいたいわけよ。まだ恋愛恐怖症引きずってて、心の傷自己増殖させてる友也、見てられないから。惚れたはれたは抜きでもいいからさ、特定の奴見繕ってそばにおいとけって言ってるんだけど、まだその気になれないの一点張りで。
 その友也がやっと興味を示した相手が雅、お前なわけ。だからね、俺としてはくっついてほしいんだ。なあ、頑張って落とせよ。全面的に協力するから」

 結局はそれが言いたかったらしい。でも、まがりなりにも俺に惚れてる奴にそんな暗い過去話したら、逆効果な気がするんだけど、違うのかなあ? 宏春の魂胆がわからなくて、俺は悩みこんでしまう。

 がらっと部室の戸が開いて閉まる音がして、足音が近づいてくる。俺は自分の悩み事に夢中で気がつかなかった。足音が俺のすぐ前で止まる。

「……友也。お前、いたの?」

 失敗したというような顔をして、宏春が俺を見下ろしてくる。その背後から雅が顔を出した。俺は軽く肩をすくめ、笑ってみせる。

「帰ろう」

 聞いていたことは、言わなくてもいいだろう。俺の心の奥にしまっておけばいいことだ。宏春の友情に結構感動しちゃったから、大事に鍵をかけて。

 校門前で宏春を待っていた哲夫は、遅い、と文句を言い、俺たちも一緒にいるのにびっくりした。





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