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 雅を美術部の部室に送り届けて、俺は武道館に顔を出す。美術部でもそうだったが、入学して初めてのテストの前だからなのだろうか、一年生の姿が見受けられない。
 俺が制服のまま床に上がると、剣道部からも空手部からも人が集まってきた。多分、この学校の中で俺のまわりにこんなに人が集まることなんて、この武道館の中以外ではありえない。ちょっと恐がられてるから。

「久しぶりじゃないか、長峰」

「元気だったかあ?」

「たまには遊びに来いよお」

 先輩や同級生たちにめいめいにそう言われて、俺は苦笑する。こんなに自分のまわりがにぎやかなのは久しぶりだった。事故にあってから、俺のまわりで騒いでくれるのは宏春と哲夫だけだったから。俺が逃げてたってのもあるんだけど。

 去年、この剣道部に県大会優勝をもたらしたのは、何を隠そうこの俺だった。自惚れではない。団体ならともかく、個人で優勝したのだから、それこそトロフィーが事実を物語っている。ところが、俺はその後、全国大会に行くことができなかった。

 事故にあったのは、県大会優勝をもぎ取った次の日だった。当時付き合っていた彼氏との待ち合わせ場所に行く途中、通りかかった交差点でよそ見運転していて急ブレーキをかけた四トントラックが原因の玉突き事故に巻き込まれた。
 全治二カ月半の重傷。右足を骨折、右腕に大きな裂傷を作り、その他右半分あちこちぼろぼろになって、中でも右腕などは切り落とさずに済んだのが奇跡だった。そして、治ってからも右腕をぐるりと巻いたような傷跡と、一部神経切断という後遺症が残ってしまったのである。ついでに恋人とも別れてしまい、とにかく散々な年だった。

 今でこそ散々なとも言えるが、半年前は生きる希望を失い、自殺まで考えたほどだった。唯一の特技であった剣道ができない。恋人に振られた。右手が、動かない……。

 その俺の側にいて、ずっと励まし続けてくれたのが、宏春と哲夫だった。だから、たぶんあいつらがいなかったら、今頃この世にいないと思う。そこまではいかなくても、間違いなく登校拒否くらいはしていただろう。イラストレーターになんて、なれなかったに違いない。恩人なのである。

 恩人といえば、剣道部部長の竹河先輩も影の恩人だった。俺がどんより暗くなっていた頃、少なくとも学校生活では俺から剣道というものを遠ざけてくれた。右手を駄目にしたことで、竹刀を握れなくなったのを知っているから、心の傷を増やすまいと影で支えてくれたのだ。俺はこんな人たちに守られて、事故から今まで生きてきた。感謝しなくてはいけない。

「竹河先輩、いる?」

「おう、そろそろ来るんじゃないか? さっき、部室で着替えてたから」

 噂をすれば人は来る。人だかりになっているのを見つけて、手を打ったのは竹河先輩だった。俺を見つけて驚く。

「長峰じゃないか。珍しいな、ここにいるなんて」

「昼休み、うちの教室まで来てくださったそうで。すみません、図書室に行ってました」

「ああ、高井に聞いた。ついでにお前のクラスの編入生も見てきたぞ。美人だなあ、おい」

「え? 長峰より?」

 その場にいた三年生がそう言う。彼らの美人の基準は榊原先輩や御手洗先輩じゃなく、俺らしい。

「どっこいどっこいだな。ほれ、稽古の時間だぞ。散った散った」

 しっしっと手で追い払う。文句を言いながらも従うのは、竹河先輩がお飾りでなく尊敬できる部長だからだろう。

「それで、何のご用だったんですか?」

「ん? ああ、そうそう。お前さ、今年どうする?」

 何が?と首を傾げる。やっぱり、やめるのやめないのという話か?

「今年の部員名簿を提出しろって言われててさ。名前だけでも入れておくか?」

 じゃ、なかったらしい。やめるやめないはどうでも良くて、名簿を出すのに入れるか入れないかを相談に来てくれたらしかった。別に名前が入っていなくても、今の二、三年生は武道館の仲間だと考えてくれている。なんか、嬉しかった。

「入れておいてください。マネージャーでもなんでもしますよ」

「いや、いいよ。無理はするな。気が向いたときに来ればいい。ただでさえお前の場合、家に帰れば嫌でも剣道に関わるんだから。学校でくらい自由でいないと、精神がつぶれるぞ」

 大丈夫ですよ、と俺は笑ってみせる。もう平気だ。一時期は竹刀を見るのも辛かったけど、今は触りたい衝動に駆られるくらいに回復している。家でも、気分転換に一番軽い竹刀で左手一本で素振りの練習をしているくらいだ。たまにもどかしくもなるけど、そんなのもそのうち慣れるだろう。

「今日は、見学していってもいいですか?」

 別れ際に、雅と一緒に帰る約束をしてきたから。竹河先輩は、もちろん、と何だかんだといっても嬉しそうに頷いた。
 話が終わったのを見て、元クラスメイトの吉川が声をかけてくる。

「長峰二段。よろしければ、稽古つけてください」

 二段かあ。これ以上の昇級は無理だろう。降級制度がなくて良かった、なんて思いながら、俺は頷いて、壁にかけてあった竹刀を手に取った。これは部の備品だ。いつも素振りする竹刀より重いけど、大丈夫だろうか。

 右手をなおざり程度にそえて、中段に構える。吉川は一礼すると、竹刀を中段に構えた。俺が知っている頃よりも、格段に度胸がついて自然に流れている。きっと、勝負をするとしたら俺の負けだ。けど、稽古をつけるのは剣の腕でだけじゃないから。
 吉川の踏み込んでくる足裁きをチェックしながら、俺は自分の竹刀に生命を吹き込んだ。





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