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煮豆を上手に箸でつまんで、雅は首を傾げた。二人のいちゃいちゃぶりは気にしていないらしい。
「『太陽の女神』ってさっきからよく聞くけど、いったい何なの?」
あ、そうか。まだ話してなかった。ここは新聞班長の宏春の出番だ。
「簡単に言えば、わが開政高校を代表するアイドル様のことだよ。ミス開政、ってところ。一時期に一人って決まってて、卒業するとまた新たに決めるんだ。今は空席。メディ研の新聞班で勝手に決めるんだけど、さすがに独断と偏見というわけにはいかないから、それなりに頭を悩ますところなんだ。『太陽の女神』に選ばれると、身の安全を確保できるという特典があってね。学校中が監視しているわけだから、誰もちょっかい出せない。アタックするのは自由だけど」
「ヒロは今年の新聞班長だからね。新しい 『太陽の女神』を決めなきゃいけないんだ」
二人がかりの説明に、雅がへえ、と感心して声を上げる。男子校らしい、不思議な仕組みだ。
「それって、きっと、初代『太陽の女神』とその時の新聞班長が恋人同士だったんだな」
「うん、惜しい。恋人じゃなくて、親友だったのさ。以来、なぜか新聞班長の友人が『太陽の女神』になるってジンクスがあってね。俺で途切れるかと思ったんだけど、雅にするとなるとまた続くんだよなあ。条件厳しいし、身内意識だけじゃないだろうに」
はあ、となぜか溜息をつく。宏春は、伝統は重んじる奴なのだが、それがジンクスとなるとかなり毛嫌いしてしまうのである。宏春の苦虫を噛み潰したような顔に、俺は笑ってしまった。哲夫はというと、自分の弁当をせっせとぱくついている。
「宏春の友人ってことなら、友也は『太陽の女神』にぴったりじゃないのか?」
「いやいや。友也はとっくに女神様だよ。前『太陽の女神』榊原先輩をゆうに追い抜く超絶美人だからね。『太陽の女神』を変えるわけにもいかないし、このまま放っておくのはもったいないしってんで、つけられた名前が『氷の女神』。友也の冷たさは尋常じゃないからね。おっかなくて手も出ない、触れば火傷するドライアイスってね」
「実際、友也ってホント、容赦ないからなあ。自分って奴を確立しておかないと、ばっさばっさ切られるよ」
食べることに専念しているように見えて、哲夫も聞いていたらしい。俺はといえば、その通りなので否定もできず、外方を向いた。握り飯の最後の一口を口に放りこんで、弁当箱を片付ける。
「別にそんなに冷たいつもりはないんだけどね」
ご馳走様、と頭を下げて、俺は立ち上がった。用事があるのを忘れていた。
「図書室に本返さないといけないんだ。先に戻ってるね」
「あ、友也。放課後、雅の学校探険付き合ってやって」
「了解」
また後で、と手を振って、俺は手近な入り口に入っていく。話の途中で逃げるように出てきた俺を見送って、宏春と哲夫がやれやれと肩をすくめたが、見なかったことにしておこう。正常な友人関係を保つためにも。
「友也と俺とヒロとさ。中学の時からつるんでるんだ。中一で同じクラスになって、それからずっとクラスメイト。見事なもんだろ。五年連続なんだから」
図書室から戻った俺の耳に、哲夫の声が飛び込んできた。まだそんなことをしゃべっていたらしい。俺たち三人が妙に仲がいいのが気になったのだろうか。
そんなことを話しているそばで、宏春は一人で旅行ガイドブックと睨めっこしている。今年のゴールデンウィークに、哲夫と二人で温泉旅行を計画しているらしい。
「どこに行くか、決まった?」
俺が声をかけると、宏春は俺を見上げて困ったように笑った。
「伊豆に行こうと思ってるんだけどさ。安いところを探すとやっぱ旅館だろ。で、旅館の部屋って、二人で泊まると割高になるんだよ。一番いいのは四人以上六人までなんだけど。なあ、友也。一緒に行かないか?」
「お邪魔虫になれって? 諦めて余計に払いなよ」
うーん、と宏春はまた悩みだす。俺は軽く肩をすくめた。どうせ誰の目もはばからずにいちゃいちゃするための旅行だ。そのくらい奮発するしかないだろうに。
まあ、頑張れ、と無責任に言うと、宏春が突然顔をあげた。あまりにも唐突だったので、俺は柄にもなく動作付きでびっくりしてしまう。
「そうだ。友也、お前にお客さんが来てたぞ」
「客? 誰?」
「竹河先輩」
部長が? 俺は何の用だろうと首を捻った。
竹河先輩というのは、この学校の剣道部部長のことである。俺が去年右手を駄目にするまで生活の楽しみにしていたのが剣道部で、先輩ともそこで知り合っている。事故にあってからは部活に出ていないから、滅多に会わなかったのだけど、一体何の用だったのだろう。
「今年は剣道部どうするんだってさ。本当にやめるのか? 左手はまだ使えるだろ」
「竹刀は両手持ち。無理だよ。でも、そうか。そういえば俺、退部届け出してないや」
未練があったからなあ。すっかり忘れてた。
「帰りにちょっとのぞいていこうかな。久しぶりにみんなにも会いたいし」
ああ、そうしろ、と宏春は熱のこもった声で言う。いつから聞いていたのか、哲夫も何度も頷いた。この二人、実は俺の剣道部復帰に期待していたりするのである。片手じゃ剣道はできないんだけどな。礼を重んじるスポーツだし、無理だって。
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