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 教室から弁当を取って、宏春のシートを取りにいくついでにロッカーの場所を教え、今まで通らなかっただろう階段を使ったりして校内を案内してやりながら、俺たちは中庭に向かった。いつもこのコースだから、別に雅のためとかいうわけじゃない。

 この学校の中庭は、異様に広い。で、さらに植木もたくさんあるので死角も多かった。したがって、ランチタイムに利用されることも多いが、リンチに使われることも同じくらい多いのである。

 中庭に出る事務棟通用口のそばで、野太い怒鳴り声が聞こえてきて俺たちは立ち止まった。中庭の方から聞こえてくる。それも、建物と植木であまり人の目につかないあたりからだ。

「ちょっと可愛い顔してるからって、いい気になってんじゃねえのか、おい」

 うーん、聞き覚えのある声だ。去年俺が病院送りにしてやったグループのリーダーだな、あの声は。どうする?という意味で宏春と哲夫を見やった俺の耳に、リンチにあっているほうの声が聞こえてきた。

「そ、そんなことないです……」

「てめえみたいな生意気な野郎が『太陽の女神』候補なんてなあ、冗談じゃねえぞ」

 あー。相手は水野か。助けてやって人となりを確認しておく手もあるな。放っておいても俺はいっこうに構わないんだけど。

「いくら生意気でも、あの顔をぐちゃぐちゃにはされたくないだろ」

「新聞班長としての好奇心?」

「先輩女神の義務でしょ」

「好きで女神になったわけじゃないんだけどなあ」

 ほれ行った行った、とか手を振られると、行くしかなくなる。俺の手には、弁当のかわりにどこから持ってきたのかモップが握らされた。哲夫の仕業だ。大丈夫?と雅だけが不安そうに俺を見つめてくれる。ありがとう、その視線だけでもうれしいよ。

「ちょっと行ってくるわ」

 大きめの溜息が一つ。俺は中庭に足を踏みだす。上履きのまま中庭に出てはいけないらしいが、誰も気にしていないのでたぶんまる。背を向けていたグループのリーダーの頭に、埃たっぷりのモップの先を乗っけてやる。水野がびっくりしたらしく、目を丸くしていた。

「なーにをやってんだろうね、お兄さんたち」

 身体を動かすと埃が舞うため、リーダーだけは身体が動かせないでじっとしている。他の連中は、俺を見てげっという反応をした。その反応、ちょっとむかつく。

 モップを頭に乗せたリーダーの三年生は、なんと果敢にもそのモップを払い除けた。そうして、改めて俺を振り返る。その目、かなり強気だ。

「おやおや、これはこれは身体障害者の女神様。俺たちは後輩との信頼を深めているだけなんだが、何か文句でも?」

「文句言われたくなかったら、もっと人目につくところでやんなよ。目障り。どっか行っちゃって」

 しっしっと手で追い払う。それ以上は逆らう気になれなかったようで、渋々と退散していった。いい判断だ。棒を手にした俺に逆らおうなんて、命知らずもいいところ。

 後ろ姿を見送って、建物の影にいた宏春と哲夫が出てきた。雅もそうっと出てくる。モップを引き取って哲夫はまた建物の中へ入っていった。そこから立ち去ろうとしていた水野に、三人分の弁当を抱えた宏春が声をかける。

「礼もなし?」

「助けてくれなんて頼んでません」

 だって、と宏春が俺を見やった。何か、想像どおりの答えを返してくれる子だ。なるほど、生意気である。助けなきゃ良かったかな。絶句して、それから怒ったのは雅だけだった。
 まあまあ、と宏春が宥めて、その間に哲夫が帰ってくる。宏春から自分の弁当を受け取って、俺は雅の肩を叩いた。

「行こう。俺、腹減った。昼休み、結構短いからね、食いっぱぐれるぞ」

 その通り、と頷いた宏春と哲夫に促されて、雅も歩きだしてくれる。最後に俺が背を向けたのを見て、水野は慌てて声を上げた。

「怒らないんですか?」

「怒ってほしいの?」

 逆に聞き返して、俺はにっこりと笑ってやった。怒ってやるなんて、俺にとっては労力の無駄遣い以外の何物でもなくて、昼飯前の腹の減った今さらに疲れるのは冗談じゃない。
 親切心なんて、俺としては欠けらもなかった。水野のこういう反応を試したかっただけなのだ。こいつは一度痛い目にあったほうがいいタイプである。放っておくに限る。

「偶然俺がここを通りかかって、偶然俺の腹の虫が居所良かっただけの話さ。次は自分で切り抜けるんだね」

 言ってから、自分でも確認する。なるほど、俺ってばかなり機嫌がいい。

 いつもの場所は、いつのまにか俺たちの特等席になっていて、いくら遅れていっても確実に空いている。
 冬でも日の当たる、コンサートチケットでいえば特S席だ。俺のことをまだ知らない一年生たちも、中庭で先輩に交じって食事をする勇気はないらしい。二、三年生がそこを空けておいてくれるのは、多分そこをいつも陣取っているのが俺だからだ。今現在でいうと唯一の女神だから。
 とすると、女神と呼ばれることには利点もちゃんとあるわけである。何度も言うが、俺の場合、この名前は身を守るためのものではない。

 宏春が哲夫の弁当箱から卵焼きをつまんだ格好で何か考え込んでいる。お返しとばかりに宏春の弁当箱からチキンナゲットを拾いあげた哲夫が、ん?と恋人を見やった。なんでもいいけど、弁当くらい自分のを食べなさいって。

「やっぱさあ。『太陽の女神』は雅にしようかなあ。水野はちょっと二の足踏むよなあ」

 俺は反対はしないぞ。『太陽の女神』の条件は雅ならきっちりクリアしている。水野もクリアはしているけど。

「でも、いいのかな。『氷の女神』と『太陽の女神』がつるんでても」

「そこなんだよねえ。やっぱまずいかなあ?どう思う、友也?」

 そこで俺に振るわけね。俺は口に近づけていた握り飯をまた離しつつ、首を傾げてみせる。

「俺には意見言う資格ないだろ。御手洗先輩とか長谷先輩とかに相談してみたらどうだ?」

「長谷先輩は生徒会長だからわかるとして、なんでまた御手洗先輩?」

「榊原先輩の『お気に』だろ? それに、前『太陽の女神』候補。辞退されなかったらとっくに決まってたって人なんだから。責任ある」

「責任取れ、って?」

「取ってくれるよ、あの人なら」

 うーん、と唸って宏春は肉じゃがを口に運ぶ。運ぶのはいいが、できれば哲夫の口じゃなくて自分の口に入れてほしかった。人の目も少しは気にしてくれよ。





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