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 百メートル走も測定して、ようやく授業は終わり、昼休みになる。百メートルはさすがに走る勇気が出なかったか、ぼんやり日光浴をしていた宏春がぼんやりをそのまま引きずっていた。
 体育の後はいつもこうだから、全然気にしない。元々ぼんやりさんの宏春だから、一度ぼんやりするとなかなか元に戻らないわけだ。まあ、そのくらいとぼけたところがないと可愛げがないかもしれないけど。

 更衣室から教室に戻る途中、第二移動教室の前を通る。その前の廊下には毎回テストの後になると成績上位者が掲示されるのだが、そのあたりに季節はずれの人だかりができていた。
 前に試験を受けたのはいつの話だ、という時期だ。どうしたことだ、と宏春を見やると、宏春はちょうどぽんと手を打ったところだった。

「進級試験の結果だよ、あれ。入試結果もそういやまだ出てなかったな。掲示は今日からだったか」

「号外の準備はしなくていいのか?」

 やけにのんびりしているもので、哲夫がそう尋ねる。新聞班長らしからぬ落ち着きぶりだ。いいのいいの、と宏春は手を振った。

「今回の号外は決定事項だったからね。担当決めて全部任せちゃってあるんだ。俺がやるのは印刷の手伝いくらいさ。どうせ、結果丸写しして、あおりコメントつけておしまいだからね」

 言っている間に、人だかりの端に辿り着く。さすがにこの人の量だと結果が見えない。

「ちょっと見てくる。お前らそっち側に抜けてな」

 そう言って宏春が指差したのは人だかりの向こう側。人で廊下が通行止めになっていて、通り抜けるだけでもかなり苦労しそうだ。そこを、人だかりの目的をチェックして反対側に抜けるというのだから、宏春の根性は物凄いと思う。よく息切れしないものだ。

 人の群れの端の方を、人を蹴散らしつつ通り道を作って反対側に抜けると、一分も待たないうちに宏春はそこから出てきた。どうやら満足のいく結果だったらしい。顔がうれしそうに笑っている。

「すごいもん、見てきたぞ」

 教室に向かって歩きだした宏春は、そう切り出した。すごいもの?と俺が聞き返してやる。

「そ。すごいもん。今回は美人衆が一位総なめ」

 美人衆? 突然新しい言葉を使うもので、俺はとっさに判断できずに首を傾げてしまった。三年生は美人が一位というのも簡単に頷ける。何しろここの所、御手洗先輩が独走態勢に入っているのだ。ポスト榊原といわれる物凄い美人である。でも、残りは?

「三年はいわずと知れた御手洗先輩。二年はとうとう友也が高場を差し置いて単独。一年は下馬評もかなり高い水野。編入試験では五十一人受けて受かったのが桂くん一人」

「見事だねえ。ここ通ってるとさ、天は二物を与えずって絶対嘘だと思うよ」

 それ、俺を除いてもらえるだろうか。お前ら俺のこと買い被りすぎだよ。
 まあ、御手洗先輩と転入生氏に限ってはその通りだと思うけど。そういえば、榊原先輩も不動のトップだった。才色兼備とはよく言ったものである。

「やっぱ、頭がいいと顔も良くなるものなのかねえ」

「お、いいこと言う。最近どんどん美人化してるテツなんて、今回十五位だよ」

 ぼそっと呟いた俺の尻馬に、ちゃっかり乗ってきたのが宏春である。こういうところできっちり惚気られる宏春の神経がよくわからない。

「と、一人で惚気ちゃってる宏春は、三位だろ」

「あれ、わかる?」

「一位俺で二位高場なら、残る三位はお前しかいない」

 うちの学年の大体の成績は俺も把握している。あのテストなら、そういう順位だ。何しろ理科以外はびっくりするほど簡単だったから。理科が得意な連中が上位を占めることは予想がついていた。俺はまぐれだけど。

 とかなんとか俺と宏春がじゃれている横で、哲夫が自己最高位に喜ぶべきか、それとも恥ずかしがるべきなのか判断できずに、困っていた。そこに降ってきた転入生氏の言葉に、俺も宏春もびっくりしてしまう。

「頭と顔は別だろ。下山田くんが美人になったのは、高井くんの功績だろうから」

 俺たちと同じく哲夫もびっくりして彼を見つめている。そりゃ、散々そういうことを言ってはいたし、隠してはいないんだけど、よくまあ恥ずかしげもなくそういうことが言えるものだ。目の前にホモカップルがいて、まったく動じていない。

「気持ち悪い、とか、思わない?」

 そうっと彼の顔を覗き込んで、哲夫がそう言う。宏春も頭半分高いところから、彼を見つめていた。二人に見つめられて、彼は声を立てて笑う。

「全然。俺だって人のことは言えないからね。初恋の人が男の子だもん」

「あ、じゃあ、その髪は……」

「いや、これはただの願掛け」

 願かけって、ただのとは言わないんじゃ?まあ、いいか。

「ところで話変えるけど、お前さんたちって、なんでまた名前で呼んでるんだ?」

 高校生にもなって珍しい、というところか。そう言われて、宏春と哲夫が顔を見合わせた。この二人、名前を呼びあうというちょっと珍しい現象の発端だった。
 はれて恋人同士となった頃からか、ところかまわずいちゃいちゃする二人は、教室内という公衆の面前でも平気で名前を呼びあっていた。それをフォローするために俺が二人を名前で呼び始めたのが始まりだった。
 仲がいい分には許されるのだが、校則で生徒同士の恋愛を禁じているのである。不純同性交遊、とかいうものだそうだ。校則違反で退学になるのは、それは本人たちの自業自得なので仕方がないが、彼らを退学にされて一番困るのは実を言うと俺だったりするのである。

 ふむ、仕方がない。フォローしてやるか。

「親愛の情のあらわれだよ。何なら桂も名前で呼ぼうか?」

「俺の名前は、呼ばれるのも呼ぶのもかなり照れ臭いけどなあ」

「いい名前じゃん、雅なんて。見事名が体を表してる」

 まったくだ。そう言った宏春に、俺も賛同して頷く。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花、ってか。冗談抜きでそんな感じだ。転入生氏は雅に変更。





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