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「とはいえ、志之助も人間に変わりはない。老いもするし、いずれは死ぬ運命じゃ。その先、皆はどうするつもりなのじゃ?」

 それは、人間に仕えることを決めたすべての霊が必ずつきあたる問題だった。彼らのようにはじめから霊体として存在するものには、寿命がない。しかし、人間には必ず、平等に死が訪れる。これだけは、どんなに霊力のある人間であっても、避けることができないのだ。

 紅麟にそう問われて、彼らは顔を見合わせる。そうは言っても、志之助はまだ三十路にあと一歩という若さだ。寿命以外で命を落とすようなやわな男でもない。考えたこともなかった。志之助が死んだ後のことなど。

「貴女はどうなのです、紅麟?」

 やわらかな、それでいてはっきりしたロ調で、蒼龍が聞き返す。その問いに、紅麟は、待ってました、と言うように胸をはった。

「わらわは、状況が許す限り、志之助を待つつもりじゃ。あの霊力は、どうせ、1度や2度生まれ変わった程度では、衰えもせぬ。また、自分の力に振り回されて、同じような人生を歩むに決まっておる。ならば、わらわは、志之助をまた助けてやりたいのじゃ」

 どうじゃ、主人思いであろう? そう言って、紅麟は何とも嬉しそうに笑った。そんな紅麟をうらやましそうに見つめたのは、天狗たちだ。

「我らは、志之助に会う前から帝釈天様にお仕えしている身。帝釈天様にお許しいただけねば志之助が来世で我らのカを必要としても、助けてやることもできぬ」

 ということは、志之助を助けたいとは思っているらしい。

 そして、それは蛟も同じ気持ちだった。志之助は、彼にとってもやはり恩人で、助けてあげたいのはやまやまなのだが。

「志之助が生まれ変わった頃、わしはこの世におるかのう?」

「……蛟さんって、やっぱりそんな年?」

 だとすれば、かなりの若作りだ。蛟はやはり、ただ苦笑するだけだ。それを見ていて、突然納得したのは、左翼だった。

「年は関係ないな、あんたには」

 え? 理解できなかった人々から一斉に注目されて、左翼は困ったように相方を見やる。右翼もわかっていないらしい。そう気づいて、今度は一つに目をやる。こちらはどうやら気づいたらしい。

「なるほど、そういうことか。であれば、志之助に名を付けてもらっては駄目なのか?」

 名前。そう言われて、ようやく気づいたのは蒼龍だ。なるほどと納得の表情で、頷き、それから首を振る。

 蛟というのは、この人を指す名ではなく、あくまで種族の呼び名にすぎない。「犬」や「猫」と同じである。彼には、己個人を表す名がないのである。四大原素の1つである水を扱うほどの能力があるにも拘わらず。

 精霊たちの名とは、それ自体が存在の証となるもので、それがあることで存在を許されているとも言える。つまり、個有の名を持たない蛟には、この先いつまで存在していられるかという、保証がどこにもない。それは、1分1秒先ですら分からないのである。

 そして、その名は、1人の人間がつけてやれるような、単純なものではない。蒼龍が首を振ったのは、そういう意味だ。

「それ、志之助は知っておるのか?」

 精霊である紅麟ですら知らなかった重大な事実だ。主人の志之助は知っておくベき事で、紅麟は実に心配そうにそう尋ねた。その疑問に、蛟は当然のように頷く。

「志之助には、式神の契約を交す前に話してある。実際、呪符で持ってもらっている理由がそれじゃ。呪符の媒体があることでこの世にとどまっておれるのもまた事実」

「あ、それでなんだ。いくらこっちでは異端視されてるとはいえ、おとなしく呪符にとじこもってるなんて、おかしいと思ったんだ」

 そう悪びれもせずに言ったのは鳳佳だった。誰に言うにも歯に布を着せないのは今に始まったことではなく、志之助に対してさえこの調子なのだ。だが、それではまずい、と蒼龍は最近思い始めたらしい。こら、と声に出して叱りつける。鳳佳の方は、まだ、蒼龍が突然厳しくなったことにとまどっているらしい。びくっと首を縮めた。もうロの悪さには慣れたらしく、蛟は気にした様子もないが。

「しかし、実際、我らのようにこちらの世界に大した用もないと、向こうで志之助を手伝っていた方が楽だし。のぅ?」

 そう言って、一つは仲間たちを見回した。蛟を助けるつもりもあるのだろうが、それが天狗たちの本音かもしれない。本来の主人の元へ、帰ろうともしないのだから。

 と。

「お?」

 突然、後が声をあげる。今日初発声だ。

「皆の衆。志之助が呼んでおるぞ」

「おう。本当だ。何ぞあったかのぅ」

「ふん。志之助に何もないことの方が珍しいわ」

「それもそうじゃな」

 天狗たちは口々にそう言って、飛び立っていく。最後に残った一つが、蒼龍に笑いかけた。

「何にせよ、皆、志之助を大事に思っておるのは確かじゃよ」

 言い残して、仲間の後を追った。あっというまに追いつく飛行スピードはさすがリーダー格だ。

 天狗たちが見えなくなって、紅麟は兄貴分にあたる他の三人を見回し、苦笑してみせる。

「確かに、志之助はわらわたち皆に好かれておる。生涯守ってやろうと思わせる主人に出会えたことを、わらわは誇りに思うぞよ」

「うむ。異論ない」

 蒼龍から、そのように同意を得て、紅麟は実に嬉しそうに笑った。



おわり





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