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「あれは、わしらと同類じゃよ」
え? 今まで聞いたことがなかった声を耳にして、全員が声の発生元に視線を向ける。そこには、蛟しかいないのだが。
「……今の、蛟さん?」
丁度すぐそばにいた紅麟が、背の高い彼を見上げる。どう見ても姿は20代後半くらいの若者なのだが。
「うむ」
実際、彼らは今の今まで蛟の声を聞いたことがなかったのだ。驚きもするだろう。声だけ聞くと、老人でしかない。
「え? 蛟さんってそんな年?」
そう率直に尋ねるのは、紅麟がまだ無邪気な少女だからなのだろうが、今回の場合、それは全員の疑問を代弁していた。蛟はその疑問に軽く苦笑するだけだ。
「志之助は、わしらと同じ神獣じゃよ。あれが古九尾狐の子であることは、知っていよう?」
応、と答えたのは天狗たち。蒼龍は知らなかったらしい。微妙に驚いた顔をしている。紅麟と鳳佳は顔を見合わせた。
「そうなのか?」
やはり知らないらしい鳳佳に問われて、今度は一つと蛟が顔を見合わせた。
「何だ。知らなかったのか。そのせいで、志之助は結構苦労しているぞ。人魚二世の征士郎とは比べものにもならんほど」
そう、半ば呆れたようにロをはさんだのは、天狗たちの中では、一つに次ぐ実カがある「前」という名の天狗だ。いつもは「後」とセットで見られていて、実際二匹で一匹と言える仲なのだが、前はおしゃべりで、後は寡黙なタイプなので、ここで前が話すことは特に驚くことでもない。
「そのせいというと?」
「千里眼はまず間違いなく遺伝だろうな」
今度はまた別の天狗が答えた。「右翼」という。これもまた、二匹で一匹といえる相方を持っていた。「左翼」という。以上の五匹で残りの53匹を率いているのだが、彼らがそのまま、志之助にも信用されていた。天狗たちへの命令をこの五匹にしかしないことからも、志之助の信用度がわかるというものだ。
「やはり、苦労していたか。人間には抱えきれぬ能力だとは思っておったが」
さもありなん、と、かなり納得気味に蒼龍がうなずく。そんな隣では、主人と仰ぐようになって1年が経つのに、そういった志之助の事情を知らなかったことに、紅麟も鳳佳もショックを隠しきれないでいる。蒼龍は、知らなかったことを早々に受け入れたらしい。志之助の式神としては先輩にあたる天狗たちから教わる態度だ。
「しかし、あの二人も、あの位置にたどり着くまでが長かったな」
「今か今かと心待ちにしていたほどだからなぁ」
あの二人、と天狗たちが親しみをこめて呼ぶのは、志之助征士郎夫婦とそれだけの仲だからで、そんな呼び方を一つは自然に使っていた。それを、志之助も嫌がらないだろうとは、蒼龍にも容易に想像できる。志之助と天狗たちの仲は認めているのだ。
「しかし、良い相手が見つけられて、良かったのぅ、志之助は」
蛟も、天狗たちには適わないまでも、結構長い付き合いだ。かなりしみじみとそう言った。
「俺は、でも、今だにあれだけは認められねぇよ」
そう、憮然とした様子で言ったのは鳳佳である。あれ、とはおそらく、二人が男同士なのに夫婦として関係を持っているという事実のことなのだろう。その関係が認められないから、今でも鳳佳と征士郎は仲が良くない。鳳佳の方が一方的に嫌っているのだが。
「何故じゃ? わらわは、あの二人ほど似合いの夫婦は珍しいと思うのに」
そう反論するのは、二人のキューピットをつとめた紅麟だ。とにかく勘の良い彼女は、おせっかいやきのタイプでもあって、出会ったその日に二人を半ば無理矢理くっつけてしまった。二年もの間、周囲の人間をヤキモキさせた二人を、いともあっさりと。それだけ、二人が男同士だという障害をもろともしない自然さを醸し出していたのだが、それはさておき。
「だって、あの二人はどう見たって男同士じゃないか」
「志之助は、妻君をもらうタイプではないなぁ」
「あの志之助を支えるには、女の腕ではあまりに頼りない。あの二人は、あれで丁度良いのだよ」
ぶう、と文句を言う鳳佳に、左翼と蒼龍がロ々にそう言う。少なくともこの二人は、志之助と征士郎の関係を認めている。それが良くわかった。
「しかし、そうか。征士郎も人間ではなかったか。人間にしては霊カが強すぎるとは思うておったが、なるほどのぅ」
公家の話し方をするおかげで、少し年寄りくさいロ調になる紅麟が、かなり得心気に頷いた。頷いて、それから周りの全員を見回す。
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