大江戸妖怪屋本舗その後編 R18
結局、二人が帰ってきたのは、あれから3日後の、日もとっぷり暮れてからだった。
何にしても、とんでもない人に好かれたものである。時の将軍、徳川家斉。とにかく柔軟な頭を持つ人だ。勝太郎を起用したというだけでも見所があるというのに、この志之助が人間として惚れたのだ。よっぽどの人格者である。
しかし、どんな人格者だとしても、これだけ遅く帰ることになると、愚痴の一つもこぼれてくる。任務を予定通り失敗して、礼をもらって江戸城を後にした時点で太陽は富士山の向こう側にあった。明るいうちに帰ってこようとしていたのに、これである。道中もほとんど寝ていないし、志之助も征士郎も疲れた顔をしている。
店番をお願いしていた加助が、二人を出迎えて、とたんに心配そうな顔をする。それは、心配して待っていてくれたおつねも同じだった。
「お二人とも、大変だったわねぇ」
「上に布団を敷いてきましょうか。おつねさんがお夕飯の支度をしてくださってますよ。召し上がってください」
ほらほら、と部屋の中に引き入れる。それから、加助は二階へ上がって行った。本当に布団を敷いてくれるらしい。おつねが疲れて帰ってくるだろうからと作っておいてくれた鍋に、さらに食べやすいように飯を入れ、雑炊にしてくれる。それをお椀によそって二人に手渡し、降りてきた加助と一緒に、気を使ってそっと帰って行った。
おつねと加助がいなくなると、部屋の中がしんと静まり返った。
「…疲れたねぇ」
「ああ。そうだな」
ずずっと汁をすする音が続く。
「お風呂、どうします?」
「…どうします、って…。しのさん、何をいきなり他人行儀になってるんだい」
「え…。いや、別に…」
志之助らしくなく、歯切れが悪い。おまけに頬をぽっと赤らめていたりする。
そういえば、気持ちを確かめ合ってから、誰もいない密室の中で二人きりになるのは、誰かに見られる不安のない場所は、これが初めてだ。改めて意識してしまったのかもしれない。そんな初々しい志之助に、征士郎はうれしくて笑った。
「…風呂、か。まだ開いてるか?」
「あぁ、もうそんな時間か」
忘れていたらしい。この時代、一家に一つというほど風呂は普及していない。たいていは近所の湯屋に汗を流しに行くのである。この長屋も同じだ。これは、おつねが用意していったやかんのお湯を水に混ぜて、手ぬぐいを濡らして拭いたほうが良いかもしれない。
「俺が拭いてやろう。疲れただろう? ずっと力を使いっぱなしだったからな」
言われて、ぱっと志之助が顔を背けた。よく見ると耳まで真っ赤だ。自分の言った言葉を思い返して、征士郎は軽く肩をすくめる。
「嫌なのか?」
「そんなことっ! …ないけど」
ならば決まりだ。そう勝手に結論をつけて、征士郎が椀の中身を喉に流し込む。あいかわらず、おつねの味付けは天下一品で、一人身なのがもったいない。
ぴちゃん。
絞った手ぬぐいから滴り落ちた水が、たらいの中に波紋を広げる。志之助が汁椀や箸やその他夕飯の名残を片付けている間に、征士郎は二階に持っていったぬるま湯入りのたらいと手ぬぐいで、旅の汗をぬぐい落とす。季節は初夏。雨のないこんな時期は、一年で一番過ごしやすい。ふんどし一枚になっても、特に寒いということもないところが助かる。
片づけを終えて二階に上がってきた志之助は、窓際に明かりをおいただけの薄暗い部屋に首をかしげた。いつもなら、もっと部屋の真ん中あたりにあって、煌々と部屋を照らしているのに、どうしたのか。
「…せいさん?」
「おう。戸締りしてきたか?」
いつもと変わらない声。その声に、安心してしまう。たった二年の付き合いなのに、何にも変えがたい大事な人の声だ。その声で自分の名を呼ばれるのが、幸せだと気づいた。この幸せに今まで気づかなかった自分がなんだか悔しかったりして。
「うん」
「ならば、おいで。拭ってやろう」
声のするほうに目をやって、どきっとした。征士郎の裸なんて見慣れているはずなのに。ふんどしのみの裸体に肩に着物をかけて、胡坐をかく征士郎に、男の色気を感じてしまった。おいでおいで、と手を振るのに引き寄せられ、征士郎の前に座り込む。抱き寄せられて、その肩に頭を預けた。
「最後に一度だけ聞くぞ。…いいんだな?」
びくっと震える。それは恐怖ではなく、むしろ快感ですらあった。征士郎の押し殺したかすれ声が、志之助の快感を否応なく刺激していく。無意識に、頷いていた。その途端、強く抱きしめられる。剣術家として超一流の征士郎は、それ相応に身体もがっしりしていて、無駄のないすっきりした身体でもある。志之助の軽い身体など、全体重かけて寄りかかってもビクともしないだろう。そんな征士郎に抱かれて、志之助はそっと目を閉じた。
確かに、志之助には男に抱かれた経験だけは山のようにある。それは否定しない。だが、どれも必要に迫られてのことで、気持ちの通じ合った人とは経験がない。そもそも、実は征士郎が初恋の人であると言っても良いくらいなのだ。だから、本当の恋人同士はどうするものなのかとか、そういうことが志之助には良くわからない。そういう意味では、志之助は処女と言っても良かった。怖いわけではない。それはわかっているのに、震えてしまう。
「怖がらなくていい。本当にだめだったら止めてやれるから」
「…何で? 慣れてるし、大丈夫だよ」
志之助が経験豊富なのは征士郎も承知事項で、だからはっきりそう言ったのだが、征士郎は一瞬驚いて、それからくっくっと笑い出した。何? と首をかしげる志之助に、首を振って。
「ほれ、まずは汗を拭わないとな。帯、解くぞ」
「…あ、それ、自分で…」
「いいから。しのさんは何もしないでいい。俺がしたいんだ」
何で?という顔をしたまま、志之助は言うとおりにじっとしている。自分も男で、男の着物の構造、身体の構造、手に取るようにわかるから、征士郎の手に戸惑いがない。手際よく帯を解いて、志之助に背を向けるように言うと、肩から着物を脱がしながらその首筋に手ぬぐいを滑らせていく。
「しのさん、こっち向いて」
言われて顔だけ征士郎のほうへ向けた志之助の唇に、ほぼ無理やりキスをして。昨日の接吻とは違う、貪るようなキス。んんっと苦しそうな声を出したので、志之助がこういうキスの仕方を知らないことに気づいた。それに、征士郎は感づいていたのだろう。先ほどからの志之助のセリフで。特に驚いた様子もなく、くすりと笑う。
「息、していいぞ。苦しいだろ?」
言って、志之助の返事も待たず、また口付ける。教えるように、先に征士郎がやってみせて。征士郎の舌に自分の舌を絡め取られて、少し強めに吸われて、それが何故か気持ちよくて。
「…んふっ」
息が鼻を抜けていく。それに気づいたのだろう、征士郎が喉で笑ったらしかった。いったん中断していた身体拭いを再開する。何度か口付ける角度を変えているうちに志之助も慣れてきたらしく、征士郎のまねをし始める。ぎこちないながら、吸い返すようになって。それが、征士郎は嬉しかったようで、さらに深く口付けた。
「んっ…んんっ!」
どん、と胸を叩かれて、苦しかったのに気づく。少し涙目で、征士郎を睨んでいる志之助に、征士郎は何故かまた笑った。
「ごめん。気持ちよかった?」
きっと怒っているのだろうが、怒りきれないのも事実で、志之助がため息をつく。征士郎がこんなにはっきりと嬉しそうなのは、あまり見た覚えがなくて、志之助としてもそこが嬉しかったりして。まあ、出来上がったばかりの恋人同士ではそんなものだろう。
「はい。背中おしまい。こっち向いて」
言われて身体をむけたら、背中になった布団に押し倒された。ふかふかの布団で、身体が少し弾む。黒くて長い髪が、薄明かりを受けて艶を見せる。髪を結っている紐を抜いたら、実は腰まである長さのまちまちな髪が、白い上掛けの上に流れた。その髪に口付け、それから頬、首筋、胸と場所を変えていく。追いかけるように手ぬぐいを滑らせ、志之助の抵抗を抑えてしまい。
「やわらかいな。しのさんの肌は」
それに、口付けるたびに震える身体が、志之助の言葉と裏腹に初々しさを証明していく。それはでも、志之助にそんなことを言ったら否定するのだろうが、征士郎としては嬉しいことこの上ないのだ。確かに、初体験はずっと昔かもしれない。でも、こうして慈しむような愛撫を受けるのはきっと初めてなのだろう。人に抱かれて気持ちいいと思うのも、もしかしたら初めてかもしれない。そうしたら、どんなに嬉しいことか。その気持ちいいことをはじめて教えてあげられるのが自分なのが、とんでもなく喜ばしい。そのまま最後まで自分だけだったらいいと思う。それには、自分が守ってあげなければ、とも思う。責任があるから、余計愛しい。
「なぁ、しのさん」
「…ん?」
足の指まで舐めるように拭われて、くすぐったいような気持ちいいような複雑な気持ちでいた志之助は、声を掛けられて征士郎に目を向けた。足の小指を口に含まれて、ビクッと震える。快感だった。初めての感覚に戸惑ってもいる。でも、それを与えるのが征士郎なら、そのまま身を任せる気でいられた。だから、逆に素直に身体の反応に任せている。それでも、実際その場面を見てしまうと、恥ずかしさがこみ上げてきた。
「…なに?」
「気持ちいい?」
「……ばか」
何恥ずかしいこと聞くんだよ、と目で訴える。それが、ちゃんと答えになっているのだ。良かった、と征士郎が微笑んで見せる。
「イキたかったらイってもいいぞ」
それが、征士郎なりの合図だったらしい。くちゅ、と音を立てて、志之助の男根の先っぽを舐めて見せる。途端に、今までにないくらい激しく身体を揺らした。先の膨らんだ部分を口に含まれて、志之助はあわてて口に手を当てる。
「ひっ…あふっ…あ、あぁんっ」
いつの間にか勃起していたソレは、征士郎の口の中で弄ばれていた。刺激が強すぎて、経験のない志之助には耐え切れなくて、目の端に涙を浮かべて賢明に堪えている。唇でしごきながら上下に動かしてやると、今度はあわてて逃げ出そうとした。本当に嫌そうで、そっと開放してやる。
「嫌だった?」
「…だって、せいさん。そんなの、汚いよ」
「…ん? 何故だ。気持ちよくないか? 俺は、これ、かなり好きだぞ」
何しろ宿場ごとに大モテだった征士郎である。付き合った相手はいないが遊女遊びならお手の物で、だからけっこう経験は豊富な方。男の身体がどうすると気持ちいいのかも、身を持って体験済みだ。それを志之助に教えているだけ。
「…嫌じゃないの?」
「嫌なことならしないぞ。俺は。気持ちいいだろ? 我慢しないで声聞かせろ。イっていいからな」
いい子いい子、と頭を撫でて、行為再開。ちゅっと先っぽに口付ける。先走りの露を舐め取って、すっぽりと口で包んで。
「…んふっ」
鼻から抜けた息が気持ちよさそうで、征士郎は満足そうに微笑んだ。上下にしごいてやりながら、舌でこちょこちょとくすぐって性感帯を探す。こればっかりは人それぞれ違うから、最初は探さないとわからない。でも、今後のことを考えれば探すのも楽しい。
「んあっ? …はあんっ」
見つけた。
ちゅうっと痕が付くくらいに吸い付いた。びくびくっと足が震える。筋肉が張っていて、感じているのが手に取るようにわかった。右手の人差し指を噛んで声を殺しているのが見えて、その指をはずしてやった。
「…あっ、やだっ」
「傷つくぞ。そんなに噛むと。いいから、声、聞かせて。俺しか聴いていない」
言う間も手は志之助の男根を弄んでいて。
「あはぁっ…あんっ!」
もしかしたら、その辺の遊女なんかより、よっぽど色っぽいかもしれない。そんな声に、興奮してしまう。自分より先に、志之助を気持ちよくさせてあげたいのに。
「やばいなぁ。我慢きかないかも知れん」
「…え? …あ、んふっ」
独り言音量の声を残して、またソレにしゃぶりつく。くちゅ、くちゅ。卑猥な音は絶えず部屋に響き、志之助の息も速くなっていく。
「あ、やぁっ! …いや、やだ、や〜んっ」
経験豊富なはずなのに、志之助が最も抵抗したのは、自分が射精する時だった。本気で嫌がっているのに気づいていながら、それでも征士郎は責める手を止めようとはせず、無理やり追い上げてしまう。びくびく、と腰がはねて、それきり動けなくなった。しばらくしてから、肩で息をし始める。荒くなった息を賢明に押し殺して。両の手は自分の顔を覆い隠し、どうやら泣いてしまったらしい。
「…辛かったか?」
志之助の精液は残さず飲み込んで、手に残った分まで舐めながら、征士郎は優しくそう問いかける。いつもの征士郎では考えも付かないほどの猫なで声だが、志之助にはそれをからかう気力すらない。ただ、首を振った。
「気持ちよかったろ?」
「…やだ、って言ったのに。汚いでしょ」
「いや、俺は、俺の口の中でイってくれて嬉しかったぞ?」
その言い方がからかい口調で、志之助は涙目のまま征士郎をじっと見つめ、それからそっぽを向いた。ちょっと拗ねたようにも見えるが、それも本気ではないだろう。
「なぁ、しのさん。過去のことだが、一つだけ聞かせてくれないか?」
「…何?」
「男どもに犯されていて、イったことはあるかい?」
「そんなことあるわけないだろっ!」
「…そうか。良かった」
じゃあ、俺が最初だ。そう言って、もう一度深く口付ける。その口付けを受けながら、不思議そうに首をかしげていた志之助だったが、やがて濃厚なキスに思考能力を奪われていく。そのうち、どうでも良くなった。
「…しのさんの最初の相手は、俺だからな。他のやつの事なんて、悪い虫に刺された程度だと思って忘れちまえ」
キスの合間に囁く。うん、と頷く志之助にも、もう何を言われているのかわかっていないかも知れなかった。それよりも、やっと覚え始めた恋人のキスに夢中で、もっと、と無言のおねだりをする。
「少し痛くしちまうかもしれない」
「…大丈夫だよ」
くちゅっ。首にしがみつかせた志之助の、菊門に手を伸ばす。
征士郎の手は剣客の手で、重い太刀を片手で振り回すだけあって大きさもある。肉厚で皮も厚いのは、手が剣に伝わる衝撃のほとんどを受け止めているから。その手の太くて長い指を、先ほどの志之助の精液で濡らして、ゆっくり奥へ差し込んでいく。ビクッと志之助の身体が震え、征士郎の首筋にすがりつく。なだめるように、反対の手で肩をさすって。
「せいさん…。汚いってば」
「汚くなんかない。きれいだよ。しのさんはどこもかしこもきれいだ。だから、気にしなくていいから。もっと気持ちよくなって。本能に身を任せちまえ」
ちゅっ。その頬にキスをする。唇にも。首筋にも。胸元にも。へそのそばも。それから、また膨らんできた可愛い息子にも。いつのまにか仰向けにされていて、すがりつく先がなくてきゅっと手を握る。その手に、征士郎の片方の手が重なった。もう片方は相変わらず、志之助の菊門あたりをまさぐっている。
差し込まれた指を根元まで受け入れても、志之助の表情に痛そうな様子は感じられない。そこはやはり、今までの経験のせいなのだろう。痛くないなら良いことだ、と征士郎は物事を前向きに考える。ここまで受け入れて痛くないなら、少しぐらい乱暴なことをしても大丈夫だろうから、征士郎の気持ちにも余裕ができる。その分、志之助の性感帯を探してあげられる。
奥まで差し込んだ指を、左右に回して内壁をくまなく探りつつ、少しずつ抜いていく。間接一つ分引き抜いたところで、びくっと腰がはねた。征士郎がにんまり微笑むのと反対に、志之助はかなり驚いていた。自分で初めての体験だったのだろう。
「感じた?」
「…って言うの?」
「何だ。今まで気持ちよくなったこと、ないのか。しのさん」
今更言うまでもなく、征士郎はとっくに気づいていたことだが。きっかけがあったので口に出してやった。言われた途端、真っ赤になってしまう。志之助にとっては恥ずかしいことだったのだろうか。征士郎は全然気にしていない、どころか、嬉しくさえあるのに。
「…ならば、もっと気持ちよくしてやろう」
気を取り直してもう一回。先ほどの部分を触れるか触れないかの位置で一瞬だけ触ってやる。また、びくびくっと震えた。間違いない。
「ここが、しのさんの気持ちがいい部分だな」
同じ強さで行ったり来たりしてみる。本当に気持ちがいいらしい。鼻を抜ける声で快感を知らせてくる。無意識の行動は素直だ。本人は天邪鬼だが。
何度か触っているうちに同じ行動に飽きたらしく、征士郎が次を探し始めた。触ってくれなくなって、志之助が目に涙を浮かべて恨みがましい目を向ける。それもしかし、挿入されている指が一本増えたことですぐに変わった。眉の間に深い皺が寄る。だが、目許は嬉しげに微笑んでいた。唇を薄く開き、浅い呼吸を繰り返し始める。唇の間から覗く舌が、征士郎を誘惑する。
「そんな顔をしたら、俺の理性がもたんぞ。どうしてくれる」
そんな顔といわれても、志之助には自覚がない。感じさせられるまま、顔が勝手にこうなるのだから仕方がない。
最初のうちは二本の指を出し入れしているだけだったが、志之助はそれだけでもかなりの刺激にノックアウトされかけていたのだが、征士郎の指使いに作為が混じり始める。二本の指を交互に出し入れしてみたり、中でぐるりと回してみたり、中で指を折ってみたり。志之助は、何かされるたびに喘ぎ声で答えていた。というよりは、他に志之助にできることなどなかった。征士郎の指に翻弄され、もう我慢の限界だったのだ。
「また、大きくなったな。イきたいか?」
こくん。今の志之助はやけに素直だ。こんなに素直な志之助は珍しい。
「ならば、俺のコレも何とかしてくれないか」
コレ、と自分の男根を指差す。うっとりした目でその指を追いかけ、ゆっくり身体を起こした。少しだるそうにのそのそと動いて行って、征士郎の息子に手を伸ばす。そ、と触れられて、命じたのは自分なのに、征士郎の身体がビクッとはねた。唇の隙間から小さく舌を出して、先走りの液を舐め取る。
「…嫌じゃないのか? 無理してくれなくても良いぞ?」
言われた途端に、志之助はその、太く大きく立派になったモノを口に含んだ。ぷるぷる、とくわえたままで首を振る。そうして、その姿のまま、征士郎の顔を上目遣いに見上げてくる。胡坐を崩して、志之助に息子を弄ばれながら、征士郎は驚きを隠せないでいた。たぶん、志之助は征士郎にしてもらったことを真似ているのだろう。くちゅ、くぷっ、と時々濡れたような音が聞こえてくる。尻を高々と突き上げて、征士郎の股間に顔をうずめながら、たまにそのままで恋人を見上げる志之助の、ほんのり上気した頬や、赤く色づいた唇や、涙で濡れた目元が、この世のものと思えないほどに色っぽい。それこそ、今まで何度となく相手にしてきた遊女たちよりよっぽど。
そんな志之助を見ている征士郎も、我慢の限界のようだ。突然、がしっと志之助の肩を捕まえると、無理やり身体を起こさせ、そのまま仰向けに押し倒す。さっきまで念入りにほぐしていたところをもう一度軽く撫ぜて、自分の男根をそこに押し付ける。
それで、何をしたいのかわかったらしい。志之助は少しだけ不安げな表情を見せた。今まで下手に経験があるものだから、それを受け入れたときの痛みも苦しさも想像が付く。征士郎が相手だから、自分でも汚いと思うところを簡単に受け入れてしまった人だから、その分安心しているのだが、それにしたって痛いものは痛いだろうし、苦しいものは苦しかろう。
「大丈夫。こんなにほぐれてるのだから。最初は少し痛いかもしれないけど、ゆっくりやるから、な?」
両足を持ち上げて、自分のモノを握り、中へ進入。志之助の眉が痛そうにゆがみ、それからゆっくり和らいでいった。
「…んっ……はぁっ」
征士郎の言葉に嘘はなく、志之助の身体が拒否反応を示さないようにゆっくり時間を掛けて慣らしながら、奥へと突き進んでいく。やがて、根元が当たった。
「…全部入ったぞ」
教えてやって、征士郎の動きが止まった。征士郎の身体が、志之助に折りかぶさってくる。そして、ぎゅっと抱きしめた。
「痛いか?」
ふるふるふる。首が振られる。
「…愛してるよ、しのさん」
「んっ…うん、俺も。好き。…ね、動いてみて?」
「大丈夫か?」
「多分」
なんともあいまいな返事だが、それならば、と身体を起こした。ぐちゅ、にちゅにちゅ、と音を立てて、抜かれていく。
「…んふっ…んっ…はぁっ」
先っぽを残して全部抜き出してしまう。それから、また挿入。身体がびっくりしないように、ゆっくりゆっくりくりかえす。
「あ〜んっ…んっ…んあっ」
三回くらい繰り返しただろうか。志之助は全然痛みを感じていないようで、それどころか、突然笑い出した。
「…何だよ。何かおかしいか?」
「ん〜ん。違うの。嬉しい。嫌じゃない」
そう言って、また笑い出す。何だよ、と無理やり押し込むと、あ〜んっ!という嬌声が返ってきた。
「せいさんの、おっきいねぇ」
「…あ?」
「今までで一番大きいかも」
くすくす。笑い声が続く。動きを止めていた征士郎は、言われた言葉を反芻して、飲み込んで、ほ〜う、と返した。
「竹中殿よりもか?」
「…な〜に? まだ引っかかってるの?」
「いや、そう考えるとなかなかすっとするなと思ってな。どうも、あの男とは馬が合わん」
そうみたいだねぇ、としみじみ言って、征士郎の肩に手を伸ばした。届かなくて手をばたつかせる。
「どうした?」
「…届かない」
「欲しいか?」
「…うん」
俺もだ。囁いて、志之助の首の両横に手をつく。そうして、おもいきり腰を振った。届かなかった手が届いて嬉しそうに笑った志之助は、その勢いにしたがって顔をのけぞらせる。
「あはぁっ」
口をついて色っぽいため息が漏れた。今までの優しさが嘘のような性急さで志之助を穿つそのモノを身体全体で受け止めながら、志之助は感じるままに喘いでいく。二人の呼吸が次第に浅くなっていく。まるでずっと走り続けているかのように、間隔が短くなっていく。限界が、近い。
「うっ…、しのさん、イクぞっ」
「あんっ…はあっ…んっ、いいっ。イっちゃうぅっ」
先に欲望を開放したのはどちらだったか。征士郎のモノをきゅうっと締め付けながら、欲望の種を思うまま吐き出す。志之助の熱くなった内壁に締め付けられながら、ようやく自分に開放を許して、征士郎はすっきりしたように幸せそうなため息をついた。
翌朝、中村屋は珍しく臨時休業となっていた。開業から今まで一度も休みのなかった店なので、常連たちが不満と反対に心配そうに休みを知らせる張り紙を眺めている。
店の二階では、志之助が久しぶりの睡眠を満足そうな笑みを浮かべながら貪っていた。征士郎の姿はない。すでに寺子屋で子供たちにそろばんを教えている。
出来上がったばかりの新婚夫婦は、こうして初夜を無事に過ごしたのであった。
おわり
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