弐の4




 と、離れた場所で他人事のように事の成り行きを見守っていた先客が、口を開いた。この稲荷神に対等の口を利けるということは、それなりの身分を持っていると考えてよいが、ということは、どこか別の地域の稲荷神だろうか。どこか不遜な雰囲気を持っている男だ。

『おい、狐祇。感動しているところ悪いが、他の連れが困っておる。娘との親睦は後に深めてくれ』

『おう、おう。そうであった。そこな人間、おせんに困った所作がどうとか申しておったが、どういうわけじゃ? ……と、それ以前に、そなた、人間か?』

 娘との再会に一通り感動して落ち着いたら、どうやらようやく、志之助に気付いたらしい。思い出したように問い返す途中で、稲荷神は訝しそうに表情を歪めた。促されて、先客もまた、志之助に注意を向けてくる。

 どちらも人間ではないらしい稲荷神と先客の態度に、促された形で、おせんと雪輔、松安の三人もまた、志之助を見やった。その誰もが、不思議そうな表情をしているのは、今まで一応人間だと認識していた相手を、神の位の者に疑われたせいらしい。

 一人だけ訳知りの征士郎が、志之助を心配そうに見守った。

 全ての視線を一身に受け、志之助は軽く微笑んで見せる。

「一応、この姿以外の何者にもなれませんので、人間のつもりです。確かに、狐族の血を半分引いているとは聞いておりますが」

『狐は狐でも、そなた、この雷椿殿と同じ古九尾狐の血を引いておらぬか?』

 さすが神様だ。はっきり見破ってくれた。肯定も否定もせず、志之助はにこりと笑う。一方で、隣の征士郎は、この、と言われた先客に目を向けていた。

「……つまり、その男が、荼吉尼天の予言なわけか?」

「こらこら、せいさん。本人を前にして何をおっしゃいます」

 一応は、当人を前にした心配りから声を潜めはするものの、その割りにはっきりと失礼なことを言う征士郎に、志之助はくすくすと笑った。それは、否定の言葉ではないので、志之助本人も認めているのだろう。言われた雷椿と呼ばれた男が、予言?と呟き、首を傾げる。

『何の話だ?』

「えぇ。貴方様をお探し申し上げておりました、というお話です。ですが、その前に、おせんさんの問題を片付けさせてください」

 順番としては、それが順当だ。後回しにされたことで、根が深そうだと想像がついたらしく、彼はそれ以上問いかけては来なかった。代わりに、志之助と征士郎の物言いから興味が湧いたらしく、うずうずとくすぶらせているのは見て取れる。

 とにかく、自分のことは横において、志之助は雪輔に話を促した。目線でそれを受け、雪輔は許婚の本当の父親である相手をじっくり見据える。神を見据える機会など、彼にとってはきっとこれが最初で最後だ。

「おせんの許婚で、甲斐雪輔と申します」

『ほう。さようか。して、話は何じゃ?』

 娘の婿と自己紹介を受け、稲荷神は軽く頷いただけだった。今までも、その手で育ててやれなかった悔いがある。その婚儀に反対しようとは思っていないらしい。

 促されて、雪輔は一瞬黙り、しかし、意を決したように口を開いた。

「おせんが、時折妙な行動を起こすのです。犬の遠吠えに合わせて唸ったり、しきりに手の甲で顔を撫で回していたり……」

「つい先日、私、自宅の庭で鼠を一匹殺しました。気がついたらやってしまった後で。本当に、自分の事ながら気味が悪い」

 それは、雪輔ですらまだ聞いていなかったらしい。そんな本人の告白に驚いている。そして、聞いている稲荷神もまた、眉をひそめた。

『……そなた、何ぞ妖力の強い狐の化け物に、目を付けられておるのぉ。いつからじゃ?』

 そんな現象を聞いて、稲荷神の判断は、見も知らない狐の化け物、だった。話を聞いてそう判断するのだから、彼女自身からその気配は感じないのだろう。離れて聞いている雷椿もまた、眉をひそめている。

「十七の頃ですので、今から四年前。昨年、一度ぷつりと途絶えたのですが、ふた月もしないうちにまた。もっと酷くなってしまったようで……」

『そなたの身体に、二匹の化け狐の影が見えるぞ。片一方は、もうこの世におらん。おそらく、先に目をつけた狐を、後にやってきた強い狐が殺してしもうたのだろう。そなた、化け狐には余程うまそうに見えるのだろうな』

 自分には関係ない、といった顔でいた雷椿は、そんな風に言って、ついでに娘を意地悪く脅して見せた。父である稲荷神が、苦虫を潰したような表情だ。だが、否定することも出来ず、深いため息をつく。

『その行動はのぉ、おせんよ。化け狐の嫁に、と魅入られた人間の娘が起こす行動なのじゃ』

「化け狐の、嫁?」

『うむ。贄、と呼んでも良い。子を産ませるための嫁ではない。妖力を高めるための餌にすぎぬ。嫁取りの迎えが来たが最後、儀式の後にはバリバリと頭から喰われてしまう』

 ひっ、とおせんは短く悲鳴を上げ、頭を抱えてうずくまった。隣の雪輔に抱き寄せられ、しがみつく。さらに隣の松安が、身を乗り出した。

「救う手立ては!?」

『ただ一つ。その化け狐を見つけ出し、殺すことじゃ。だが、人の身では刃も立たなかろう。人を喰らうほどに成長した化け物じゃ。妖物退治に長けた術者でもない限りは』

「ならば、志之助殿なら……」

 言って、同行している陰陽師に目を向ける。促されて、おせんや雪輔、それに稲荷神も志之助を見やった。雷椿だけが、それでも心もとない、というように首を振る。

『神に近い我ら古九尾狐の血を引くとはいえ、それも半分だけの半妖。大陸の九尾狐に敵うとは思えん』

『大陸の九尾狐、とな。そのようなものが、この近くに来ておるのか』

 驚いたように稲荷神はそう聞き返す。驚いたのは征士郎も志之助も同じだった。

「しのさん」

「繋がったね、意外なところで」

 大陸の九尾狐。まさしく、志之助がこれから追おうとしている妖異だ。近いところに二匹も来ているとは考えにくいのだから、同一の物と考えてよいだろう。このおせんの問題が、志之助の血縁を探すための寄り道などではなく、本題だったわけである。

 繋がった、などという不思議な言葉に、ここにいた全員が注目を向ける。今問題になっているおせんの嫁取り問題と、彼らが抱えているらしい別の問題が、大陸の九尾狐で繋がったというのだ。それは、興味が無くても関心をそそらずにはいられない。





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