弐の2




 その人間は、しかし、どうも人間ではないらしい。目は狐目、肌の色が白く、口は少し盛り上がっていておちょぼ口、頭にはホッカムリをして、横に見える耳が少しとがって見える。着ている物はその辺りにいる町人が着ているのと同じ小袖で、帯の下で後ろの縫い目が少し破けていて、犬か狐かのふさふさな尻尾が飛び出している。

 一見しておかしな姿の彼を、志之助以外の全員が驚いた表情で見つめていた。志之助だけ、まったく動じていない。

「何をしに来た。狐」

 妖怪変化の類には優しい志之助が、居丈高に問いただすのを、征士郎は驚いて聞いている。それは、もしかしたら、逃げ出そうとしたその理性的な行動に、由来しているのかもしれない。志之助が優しい相手は、ほとんどの場合、その行動が幼稚だ。

 問いただされた方は、どうやらだんまりを決め込むつもりらしく、ふいとそっぽを向いた。

「答えろ。素直に答えれば無傷で開放してやる」

「殺されたって言うもんかい」

 答えてきた声は、裏返ったような高い声だった。それが地声ならば、耳障りな音だ。

「殺されるより辛い目に、会ってみたいわけだ?」

 ふぅん、と他人事のように言う志之助に、狐に似た男はびくりと身体を震わせる。

「言えよ。事と次第によっちゃあ、手を貸してやらんでもない」

 そんな風に助け舟を出したのは征士郎だった。別に、親切心を発揮したわけではない。これでも志之助とは以心伝心を誇っている征士郎だ。つまりは、それ自体が志之助の計画のうちということだ。

「……事と次第によっちゃ?」

「そうだ。この娘を手にかけようというなら容赦しないが、人探し程度なら手を貸してやらんでもない。そういうことよ」

「本当け?」

「嘘は言わん」

 なぁ、しのさん。そう声をかけ、征士郎がこれ見よがしに相棒に目をやる。志之助も、芝居がかった仕草で肩をすくめ、苦笑を見せた。

 そんな態度に、狐の男は目を輝かせた。

「御守様の御子を探していただよぉ。二十何年か前に生まれた女子の赤ん坊。もう十年も探し回ってやっと見つけたんだぁ」

「おせんさん?」

「おせん、っちゅうんかい。別嬪に育って、御守様もさぞお喜びだろう」

 そんな事情であれば、シラを切る必要もなかろうに、突然手のひらを返したように男はそんなふうに喜んだ表情を見せた。

 突然話が自分の方へ飛んできて、おせんはどうやらついて行けなかったらしい。きょとん、と目を丸くして、その異形の男を見つめた。その許婚もまた、自分の許婚のことであれば他人のふりは出来ず、同じように驚いた顔で男を見つめる。

 しばらくその男を眺めて、それが虚言でないことを確かめたのか、志之助は縁側に座りなおすと、片手を振った。

「お前たち。もう良いよ」

 開放の指示を受け、烏天狗三匹は同時にその手を離すと、そのまま宙に消えていく。征士郎も刀を納めた。ただ、逃げられないように、片足は男の身体を蹴りつけたまま。

 烏天狗に開放されて、男は征士郎に蹴りつけられたままも、そこに座りなおした。それは、縁側から見下ろす志之助から見れば、奉行所のお白州に座らされた下手人のようだ。

「質問に答えてもらうよ」

 その罪状を吟味する奉行役人のような心地になりながら、志之助はそう声をかける。それを受けて、男もまた諾々と頷いた。

「名前は?」

「遠野だ」

「化け狐だね?」

「そう見えねぇかい?」

「……質問にだけ答えなよ。……次。御守様って?」

「下谷稲荷のお稲荷様よ。おいらのお仕えする、偉ぇお方だ」

「おせんさんが、その娘だと? 何故わかる」

「何故って、面差しがそっくりだ。特に目元と口元が、瓜二つよ。間違いねぇ。御守様の娘っ子だ」

 目元と口元、と言われて、全員の視線がおせんに向けられた。特に狐目でもおちょぼ口でもないのだが、これをこの化け狐はそっくりだと言う。ならば、稲荷神は狐顔ではないのだろうか。何となく、疑わしい。

 表情から、疑いの目が見て取れたのだろう。遠野と名乗った化け狐は、慌てたように手を振った。

「嘘じゃねぇよ。会ってみりゃあ、わかる。どうせついて来るつもりなんだろ。おいらも、お嬢さんをつれてかなきゃあなんねぇ」

「私は……」

 連れて行く、と言われて、おせんが戸惑ったように口走った。隣にいた雪輔が、そんな許婚を力づけるように肩を抱き寄せる。

「みんな一緒に行って良いのか?」

「嫌だと言っても来るんだろ? お嬢さんに逃げられるよりゃあ、ましだぁな」

 つまりは、嫌なのだろう。たしかに、娘を迎えにいった男が他に顔も知らない男を四人も連れて行けば、怒られることもありえるのだから、尻込みするのは当然かもしれないが。それでも、自分の命と秤にかければ、悩むまでも無いのだ。

 化け狐の言葉に、征士郎も頷いた。

「よし。善は急げ。すぐに行こう」

 その提案に、志之助を始め、全員が大きく頷いた。





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