壱の7




 それで、家斉の中ではけりがついたのか、がらりと表情を変え、にんまり、と不気味な笑みを見せた。

「ところで、志之助。もう一つ頼みがあるのだが、聞いてくれるかの?」

「はい。なんでしょう?」

 家斉の口調が砕けたことで、志之助の身体からも緊張の色が薄れる。何とも和気藹々なやり取りに、控えている松平だけが渋い表情だ。

「そこにおる中村がの、此度、結婚することとなったのだが、そなた、仲人をしてやってはもらえぬか?」

「う、上様っ!?」

 慌てたのは勝太郎である。今まで大人しく脇で弟夫婦と将軍家斉の会話を拝聴していたが、突然自分に話題が降りかかってきたのに慌てたらしい。べたん、と自分の前に両手をつき、身を乗り出して声を上げる。

 勝太郎の反応に、家斉は満足そうにほっほっと笑った。問いかけられた志之助は、隣にいる征士郎の顔を覗き込み、首を傾げる。

「どう思う? せいさん」

「兄上とおつねさん次第だが、良いのではないか?」

「でも、俺、男だよ?」

「何、気にすることはない。余が認めた夫婦じゃ。誰に何を言わせることもない。それでも気になると申すなら、その時のみおなごの格好をしてみてはどうじゃ?」

「あぁ、良いですね、それ。きっと似合うぞ、しのさん」

 なにやら平然と家斉がとんでもない思い付きをするのに、征士郎までも同調する。そんな反応に対して、志之助も口では「えぇ?」と嫌がっては見せるものの、そんなに嫌悪を抱いてもいないらしく、目が笑っている。

 一方、ほぼ無視された状態の当事者は、しばし呆然としていた。松平にいたっては、政治とはまったく関係のない話であるせいか、完全に無視を決め込んでいる。

 ようやく我に返った勝太郎は、自分のみっともない格好に気付き、慌てて姿勢を正した。その上で、改めて抗議の声を上げる。

「上様。お気持ちはありがたく頂戴いたしますが……」

「なんじゃ、この夫婦では不満か? 征士郎はそなたの実の弟で、いまだ町人の身である嫁御とも良い仲であるのだろう? 適任ではないか」

「う……。えぇ、それは、確かにその通りではございますが……」

 というより、勝太郎自身も、この二人に頼もうと思っていたので、問題はないのだが。一介の旗本の身で将軍自らの紹介を受けるわけにもいかないのだ。それに何より、気恥ずかしくて仕方がない。

 一方で、家斉は勝手に結論を出してしまったらしく、それと、とさらに言い募る。

「嫁御の養女先だが、見つかっておるのか?」

「……いえ。目ぼしい先を何軒か当たってみてはいるのですが、どうも、色よいお返事をいただけず」

「ならば、南町奉行高遠善隆ではいかがじゃ? 不都合はあるか?」

「えっ、いえっ。そんな、滅相もない。私ごときの身で、町奉行様のお手を煩わすことなど、恐れ多くございます」

「何、受けた恩を返してもらうだけのことよ。のう、志之助。そなたに異存はあるか?」

 話が突然自分に振られて、志之助はさすがに驚いて目を見開き、きょとん、とした様子で家斉を見つめる。征士郎もまた、隣で不思議そうな表情だ。志之助が驚いているのに、自分の理解力の欠如ではないことを確認して、ほっとしてしまう。

「いえ、異存などございませんが、何故私にご質問なさいます?」

「先だっての、吸血鬼事件のことじゃ。結局、生け捕った奉行所の手柄となってしもうたが、あれは志之助、そなたがその身を張って囮となってくれたことで解決できたと聞いた。なれば、恩を返すのは高遠の務めじゃ。だが、此度の件はそなたの義兄に当たる者への力添え、そなたに異存があれば成立させられぬ」

 なるほど、そういう流れだったのか。理解して、志之助と征士郎は同時に自らの手を打った。

「そういうことでしたら、私に異存ございません。義兄をよろしくお願いいたします」

「うむ。では、決まりじゃ。高遠には余の方から話を付けておこう。その後は、中村、そなたの采配次第じゃ。良きに計らえ」

「もったいなきお言葉、恐悦至極に存じます」

 深々と頭を下げ、恐縮する勝太郎に、家斉は満足そうに頷いた。そして、悪巧みがまんまと成功したことに、気分良さそうに笑うのだった。





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