参の4




 老神主に見送られて旅館を出て、志之助はまた箱根神社に足を向けた。旅館のあたりは見通しが良く、不思議な現象を起こすには適した場所ではない。神社の神域であれば、うっそうとした森に隠してもらえるわけだ。

 森に足を踏み入れたそこに、黄色と金色を織り交ぜた姿格好をした十代前半ほどの少年が立っていた。志之助を見上げ、少し不機嫌そうに口を尖らせている。

「頼める?」

『何を探るんだよ。物によるぞ』

 年の割りに、というか、主人に対する割りに、というか、横柄な口を聞く少年だ。だが、まだ蒼龍ほど打ち解けていない相手なので、志之助もまったく気にしていない。はい、と手を出したのは、その手を通して頭の中を読め、ということで、少年は渋々その手を取った。反抗したいのは山々だが、どうやら同じ式神である蒼龍に怒られるのが恐いらしい。

 読み取って、少年、鳳佳は少し驚いた表情を見せた。

『読まれると知っていて、そこまで開けっぴろげにしておくのか?』

「自分の式神に隠しておいても仕方がないでしょう?」

 それは、鳳佳には意外でも、志之助には当たり前だったらしい。いずれにしても、傍で見ている征士郎には、何が起こったのか良くわかっていないのだが。

『ふぅん。あんた、結構苦労性なんだ』

「だから、俺のことは良いんだってば。頼んで良い?」

『どのくらい詳しいところまで追いかける?』

 そう聞いてきたということは、了解したらしい。その尋ね方に、征士郎は少し驚いていた。というのも、何を読ませたのかは知らないが、鳳佳が少し志之助に対する態度を軟化させたのだ。これは、驚くべきことだ。

「具体的な場所まで追えるなら」

『わかった。ちょっと距離があるから、時間をくれ。探って知らせてやる』

 答えて、鳳佳はくるりと後ろを振り返り、宙に消えた。尻尾のような長い金の髪が風に揺れ、見えなくなる。その向こうに、いつの間に現れたのか、蛟がその身体を丸めて横たわり、主人の帰りを待っていた。

「江戸に帰ろうか」

「鳳佳は良いのか?」

「鳳佳なら、先に江戸まで飛んだよ」

 ふぅん、と征士郎が気のない返事をするので、志之助はその彼を見返し、それから、軽く肩をすくめた。

「ごめん。わかんなかったね」

「いいさ。こういったことは、俺には手が出せない範疇だからな。後で簡単に教えてもらえれば問題はない。さぁ、江戸に帰ろう」

 答えて、先に立って蛟の方へ寄っていく。その彼氏を見送って、志之助は少し悲しそうな目をし、それから走って征士郎の背中に体当たりする。おうっ、と驚いて見せながらも、その体躯は揺らぎもしない。背中に抱きつく志之助を自分の前に持ってきて、額にキスを落とした。

「どうした?」

「ごめんね。せいさんのこと、今、二の次か三の次くらいにしてた」

「だから、構わんぞ。俺は。何だ、拗ねているようにでも聞こえたか?」

 ふるふるふる。勢いよく、首を振る。否定して、ぎゅうっと征士郎に抱きついた。

 そんな気持ちでいた自分が、どうやら許せないらしい。そう悟って、征士郎は志之助を抱きしめて返す。そして、頭一つ低い恋人の視線の高さまで膝を折ると、じっとその目を見つめた。

「俺は、しのさんの相棒だろう?」

「うん」

「ならば、問題ないではないか。底の方ではきっちりと繋がっている。今は俺が口出しできる場面ではない。それだけのことだろう?」

「でも……」

 言い募って、見つめてくれる彼氏を見返し、それから視線をはずした。軽く俯く。その志之助の頭を、征士郎は小突いてみせた。

「しのさん。いいか、良く聞け。しのさんは、俺の女房だ。俺の半身であり、俺の宝だ。すべてだと言っても過言ではない。だから、俺は愛する女房を守る義務があり、権利がある。だが、だからといって、しのさんと同じ人間ではない。しのさんが考えていることでも、俺にはわからないこともあるし、反対に、俺が考えていることがしのさんに何も言わずに伝わるとは思っていない。だからこそ、話をするのだろう? 話をする材料を集めているときに、同じ思考を共有する必要はあるのか? 別の人間だからこそ、別の考えを持って、その考えの結果を必要があれば教えてもらうのだ。それで良いのではないのか?」

 それは、征士郎には珍しい、長台詞だった。

 きょとん、と目を丸くして、志之助はその言葉を聞いていた。そして、征士郎の言わんとすることを、理解する。

 つまりは、お互いに、すべてを知り合う必要はない、ということなのだ。説明すべきことは、適時説明すればよい。そうでないことは、話の種になるならすれば良いし、別に知らなくても何ら問題はない。それに、知りたいことがあれば、征士郎はちゃんと自分から尋ねるのだ。だから、志之助が気にする必要はないのである。そう、征士郎は言いたいのだ。

 言われて、志之助はまた俯くと、今度は少し頼りなさげながらも頷いた。そして、顔を上げる。にこっと笑って。

「せいさん、今、俺のこと、女房だって言ったでしょ」

「……いやか?」

「ううん。嬉しい」

 即答して否定して、きゅっと征士郎に抱きついた。本気で嬉しそうに笑っていて、征士郎も、そうか、と頷く。

「こだわっていたのは俺だけか」

「そんなことないよ? 俺も、こだわってる。せいさんに、女房って呼んで欲しい、なんて言うくらいには」

 つまり、征士郎のこだわりとは反対の意味で。でも、根っこは同じところで。

「せいさん」

「ん? 何だ?」

「愛してる」

 ぴく。囁く志之助に、征士郎の動きが固まる。志之助がその反応に不安そうな表情を見せる前に、脱力した。思わず低い声が出る。

「しのさん。こんなところでそういうことを言うと、押し倒してしまうぞ」

「あ、ダメだよ。今日はまだまだ忙しいんだから」

 訴えるその声がはっきりと欲望を押さえ込んでいて、わかっていてそう答えて、それでも志之助は、楽しそうに笑った。腕から抜け出して、蛟の方へ走り出す。

「帰ろ。せいさん」

 振り返って、無邪気を装って自分を呼ぶ恋人に、征士郎はため息混じりに苦笑を浮かべると、自分もまたそちらへ歩き出した。





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