参の3




「天狗教の話が途中でしたな」

 下がった男が襖を閉めるのを待って、神主の男が再び口を開いた。

 老神主の説明するには、次のようなものなのだと言う。

 天狗教は、つい最近小田原でも久野あたりに広がり始めた民間信仰である。といっても、表面的には少し離れた足柄の山にある大雄山の天狗信仰と変わるものではない。元々天狗は信仰するものであるという認識があったので、受け入れられるのも早かった。

 しかし、問題は天狗教の裏の顔なのだ。

 天狗教は、邪教の顔を持つ。月に一度、新月の晩には、山の中にぽっかりと空いた洞の中で怪しげな集会が開かれているのだ。それも、そこに使われているのが、山で取れた猪やら兎やらの、生き血なのだという。

 それが動物なうちはまだ良い。だが、いつ人間に危害が及んでもおかしくない雰囲気で、風魔としても捨てておけず、こうして監視しているのだという。

 その集団がはじめて風魔の耳に入ったのは、今からおよそ一年前。だからこそ、その信仰対象が、箱根を襲った烏天狗たちであることに気づくのに、少し時間がかかってしまった。

「それと、気になることが一つ。どうも、彼らは血を神聖視するきらいがあります。何でも、人の生き血を飲むような人間が、世の中にはいるとか。そんな人間が、天狗に近い神聖な存在だ、というのです。それも、その力を手に入れた者がいるとか」

 もしそれが本当であれば、一体どうやったのか。そう、老神主は心配そうに眉をひそめてそう説明した。

 志之助と征士郎は、話が進むにつれて、表情が険しくなっていく自分を止められなかった。老神主が口をつぐむと、互いに顔を見合わせる。

「それか」

「だね。じゃあ、やっぱり烏の羽と数珠は、うちの烏天狗たちのことなんだ」

 確かめるように口に出して、志之助はそれから腕を組むと、視線をそらして畳を睨みつけるように考え込み始める。征士郎は征士郎で、軽く目を閉じ、深いため息をつく。

「問題は、般若の面だが」

「あぁ、それでしたら、生き神様とまで崇められている教祖が、常につけている面ですよ」

 それこそ、なんでもないことのように、答えをくれた。そう聞いて、志之助は顔を上げる。

「教祖と、生き血を飲む人間とは、別の人間ですか」

「どうやらそのようです。いや、たしか、娘だったか妻だったか。そんな相手だと聞きましたよ」

 つまり、それは女だというわけだ。これで、決定的だった。

「その、天狗教の村は?」

「山一つ越えた向こうです。ですが、教祖もその女も村にはおりませんよ。新月の日だけ、いずこからか帰ってくるという話で」

 新月の日だけ。つまり、儀式のとき以外は村にいないわけだ。相手がいなくては、行っても収穫は期待できない。今は月のはじめ、三日だ。新月まで、まだ二十七日もある。

 しかし、そうなると、新月前後はどこにいるのかわからないということだ。

 そう確認して、志之助ははっと顔をあげた。

「せいさん。殺しが起こる日、覚えてる?」

「あぁ。確か……」

 確か、と考えて、征士郎はふと、何かを思いついてしまったらしい。言葉を切って、はっと志之助を見返す。

「そういうことか。となれば、今日など、危ないぞ」

 うん、と頷いて、志之助は自分の背後に意識を向けた。

「蒼龍。ちょっと知恵貸して」

 呼ばれて、全身真っ青な男が、姿を見せる。それは、以前ここに来たときには志之助が見せなかった能力だ。いや、その当時はまだ、蒼龍と知り合ってもいなかったわけだが。初めてそれを見せられて、長老たちが驚いた。

「次に狙われる場所を知りたい。探れる?」

『予知でしたら鳳佳が得意ですよ。呼びましょうか』

「うん。お願い」

 頷いて命じると、蒼龍はまたその姿を消す。見送って、志之助は長老たちに頭を下げた。

「ありがとうございました」

「お役に立ちましたかな?」

 はい。尋ねられて、肯定した。役に立った、などという騒ぎではない。かなりの謎が、一気に解けた。貸しをすべて返されたほどの、重要情報の山だ。





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