弐の9




 やはり、ぶっつけ本番ではうまくいかないものであるらしい。

 占いの結果は、出たことには出たのだが、あまりにも断片的すぎて、それがまた、まったく繋がりのない事柄ばかりであった。下手人探索の糸口には、もう一押し必要だ。

 それでも、志之助ほどの力を持つ人間の占じた事であるのだから、何らかの意味があるはずだ。そう言って、将門はその結果を軽んじることのないように念を押した。それは、征士郎もそう思う。きっと、無関係な事柄ではないのだろう。二人にそう評されて、志之助は肩を落としながらも頷く。それ以外に、反応のしようがない。

 店に戻ってきた志之助は、店番を頼んでいた式神の橙と橘に代わって、いつもの定位置に腰を降ろすと、深いため息をついた。寺子屋の師範の仕事を代わって暇が出来ている征士郎が、そんな志之助の背中を見やって肩をすくめる。

 征士郎はというと、志之助を手伝って店に出す商品を小分けにしていた。今の作業は括り紐らしい。一本の束をするすると引き抜いて、一定の長さで切り分ける。子供でも出来る簡単な作業だ。

「しのさん。あまり不景気な顔をしていると、客を逃すぞ」

「うん……」

 その返事は聞いていない生返事だ。

 ちょうど客がいないところを見計らうと、征士郎はおもむろに立ち上がり、志之助の背中に抱きついた。首あたりで括っている髪を掻きあげ、うなじにキスを落とす。

 途端に、志之助は大慌てで振り返り、征士郎を強く押しのけた。

「ちょっと、せいさんっ!」

「ぼうっとしている罰だ。大丈夫。誰も見ておらんよ」

「……そういう問題じゃないでしょ」

 楽しそうに笑ってそんな言い方をする征士郎に、呆れた表情で首を振って返す。そうしてから、志之助は自分が悪いことに思い当たった。店番中なのに、物思いに耽っていてはいけないだろう。

「ごめん」

「うむ。わかれば良い」

 満足そうに頷いて、それから、征士郎はそこに胡坐をかく。その、何か話したそうな姿勢に、志之助も隣に腰を下ろした。

「どうだ? わかりそうか?」

「……そっちは考えてなかった」

 問われて、志之助は目を据わらせる。あまりに正直な答えに、征士郎は驚いて目を見張り、ついで、堪えきれずに笑い出した。ならば一体、何をそんなに物思いに耽っていたのやら、だ。
 まぁ、大体の察しはついている。おそらく、占いの精度があまりにも悪いために、反省でもしていたのだろう。征士郎に言わせれば、初挑戦でそれだけいろいろな断片が出てきただけでも、すごいことなのだが。

「まず最初に言っていたのは、確か、般若の面であったな?」

 考えていなかったことを咎めることもなく、話を進める征士郎に、一瞬驚いた表情をした志之助は、それから頷いた。そして、問いかける。

「怒らないの?」

「何をだ? あぁ、考えていなかったことか。しのさんが何を考えていたかも、何となく察しはついている。そうして考え込んでしまうのは、しのさんの悪い癖ではあるが、だからといって、俺が怒るほどの事でもなかろう。その悪い癖を補うのが、俺の務めだ」

 そのための相棒だろう、と確かめるように言ってやって、おどけるように肩をすくめて見せる。そんな征士郎の気持ちに、志之助は嬉しそうに笑った。

 ところで、その占いの結果である。

 本当に断片的な結果が現れていた。志之助の読み間違いでなければ、最初に現れたイメージは、般若の面。ついで、神社の鳥居に、烏のものらしい漆黒の羽、杉に囲まれた石畳の道、五つの横並びの墓石、はるかに望む海岸線。それから、長い長い数珠。将門が示した方角は南西だった。

 それぞれをつなぎ合わせても、一体それが何を意味するのか、まったく読み取れない。

 実はここでも、志之助特有の力が発揮されていた。占いの結果が示すように、特にその場で何かの現象が発生して、そこから推理したものではない。志之助の脳裏に浮かんでは消えていった映像の断片なのである。おかげで、征士郎にも将門にも、それが正しいとも間違っているとも判断できない。志之助の表現を、信じるしかないのだ。

「まだ、見たものは記憶しているのか?」

「うん」

 迷うことなく、それに対しては深く頷く。一つ一つが、脳裏に焼きついている。いや、志之助に出来る限りで、意識的に焼き付けた。もう一度見ることが出来ないのだから、自分で覚えておくしかないのだ。

 志之助が自信たっぷりに頷いたことで、征士郎は何を思ったか急に立ち上がると、紙と筆を持って戻ってきた。

「大体で良い。ここに描いてみてくれ。俺も見たい」

 半ば強制するように押し付けられ、それを受け取った志之助は、紙と筆と征士郎の顔を何度か見比べていたが、やがて頷くと、手近にあった半紙入り木箱にそれを置いて文机代わりにして、筆を走らせ始めた。

 時折考えながら、案外的確に紙に描きつけていく。それをしばらく眺めていて、征士郎は満足げに頷くと、括り紐の小分け作業に戻った。





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