弐の8




 それから、ふと気づく。

『まずは、と申したな? ということは、本題は別にあるのか』

 将門にそう振られて、志之助は、ようやく姿勢を正す。確かに、結婚の報告はついでだ。もっと重要な話があったのだ。

「えぇ。お力をお借りしたいと思いまして。人を探しているんです。いや、んー? 鬼、かな?」

 人探し、と言いながらも、その言葉が適切でないように感じたらしい。訂正して、首を傾げる。そんな志之助に笑ってやって、征士郎はその話を引き継いだ。前日におみつから聞いてきた話を、将門に語って聞かせる。

 しばらく黙って聞いていて、そんな人間がいることに、まずは驚いたらしい。志之助や征士郎の年に比べれば、はるかに長い年月をこの世で過ごしている将門だったが、それでも初耳だったのだろう。それだけ、その病気は一般に認知されていない。おそらくは、その一族の間でのみ、代々受け継がれてきたものなのだ。

 将門に志之助が頼みたかったのは、後天性感染者、つまり、今回の下手人を探すことだ。とはいえ、ただ丸投げする訳ではなく、どちらかというと、占いの手伝いをして欲しかった。

「何しろ、俺、占術は初めてだから」

 それが、志之助が初めて明かした理由だ。今まで、何かと力で解決してきただけに、占いなどというまどろっこしい行為が必要なかったのだ。だが、今回は、直接対峙できない事態であって、力を誇示する場面ではない。後で、居所を突き止めてから、志之助がその力の本領を発揮すれば良いことだ。

「それにしても、最近、しのさんが万能ではない様を、何かと思い知らされている気がするのだが、気のせいか?」

「だって、元々万能じゃないしさ」

 何の脈絡もなく、今更のようにしみじみとそんなことを言う征士郎に、志之助は軽く笑って返した。読み書き算盤はほとんど出来ない、千里眼能力を操ってみるのも初めて、そして、占いも初めてだと来た。征士郎にとっては、何だか意外な一面を見せられている気がしないでもないわけである。とはいえ、それで千年の恋も冷めるかというと、そんなはずはまったくなく、反対に、そんな人間臭い様に改めて惚れ直していたりするのだが。

『しかし、わしも占術などという繊細な業は、得手ではないぞ』

「えぇ。でも、江戸市中での物探しなら、将門様をおいて他に、得意とする方はおいででないと思いますよ」

 それは確かに、将門も認める。そして、その才能を生かして利用してくれる志之助を、使われる毎に気に入っていくのかもしれなかった。もうすでに、今更この二人との関係を切ろうとは思っていない将門である。

 よし、わかった、と将門が了解を示すと、志之助は素直に嬉しそうな表情をした。それから、実は知識だけうろ覚えの、占いの準備を始める。時折手を止めるのは、そうやって記憶の片隅から探しているからなのだろう。その志之助を、将門と志之助から手を離した征士郎が、並んで眺めた。将門の方から、征士郎にその姿が見えるように細工をしてくれていて、志之助の手を借りずとも彼と話が出来るようになっている。

『そなたの女房殿は、また一段と美人に磨きがかかったな』

「他にもしのさんを女房呼ばわりした人がいたんですがね。何故男であるしのさんが女房になるんですか」

『では何と呼ぶ?』

 む。問い返されて、征士郎は口をつぐんでしまった。志之助を女房扱いするつもりはまったくない征士郎は、男同士であるということにも少しはこだわっていて、そのような呼ばれ方も気に入らないのだが、改めて問い返されると他に言葉が思いつかない。

 そんな征士郎の反応が、将門には面白かったらしい。クックッと笑い出した。

 志之助が、以前会ったときよりもはるかに色っぽくなったのは、至極単純な理由だ。紛れもなく、この征士郎に育てられているのだ。男である志之助でも、征士郎との行為では女性役に甘んじていて、おそらくはそれを喜んでいるのだろう。だから、他人から見てもわかるほどに、さらに美人に、さらに色っぽくなった。これで、他の男からの横槍が入らないのだとしたら、征士郎の守りの堅さと志之助の他を寄せ付けない雰囲気のおかげだ。

 しかも、志之助の方は、自分が女房と呼ばれることにも、美人だと評されることにも、抵抗がないらしい。将門と征士郎の会話は聞こえているはずなのに、くすくすと笑っているだけで、口を挟まないのだ。

「困った」

 しばらく黙っていて、突然そんな呟きを返してきたので、将門は素直に驚いてしまった。

『なんじゃ。まだ考えておったか。相変わらず生真面目な男じゃ』

 ついでに言うと、相変わらず不器用な男だ。それが、将門の感想である。その不器用さが、無口で無粋な征士郎らしくて、いっそ好ましい。それに、だからこそ、志之助とも釣り合いが取れるのだろう。志之助も、決して器用とは言えない性質だし、表面上の愛想の良さも、そう装っているだけなのだ。

『まったくもって、縁とは不思議なものよ』

 この二人は、結局、最初から運命の糸で繋がれていた者同士なのだろう。それならそれで、せめて異性にしてやれば良いのに。

 いや、この二人は、男同士だから良いのだろう。運命の神とやらは、時に味な真似をする。

 一人で納得して微笑んでいる将門を、征士郎は不思議そうに見つめていた。

 やがて、何でも早くに済ますのが信条の志之助にしては珍しく、ようやく占いの準備が整った。持ってきた短冊状の紙に何やら記号のようなものを書き記し、何かの規則に従って並べられているらしいことはわかる。一見、その辺に適当に置いたようでもあるのだが。

「将門様。お願いできますか?」

『うむ』

 志之助に呼ばれて、将門は一つ頷くと、志之助と、短冊の模様を挟んだ反対側へ腰を下ろす。征士郎も、志之助の斜め後ろの、邪魔にならなそうな場所へ移動する。志之助が自らの座り方を正座から結跏趺坐へと変えた。腹の前で手を重ね、そっと目を閉じる。

 ただでさえ神々しい神社社殿の中に、さらに神々しさを増す、目に見えない光が広がっていく。

 江戸に住み着いて以来の力の使い方のせいなのか、志之助の本来の力が解放されつつあるらしい。向かい合った志之助の真剣な表情を眺めながら、将門はそう考えていた。いつの間にやら、自分よりも神に近い存在になっている。そんな志之助に頼られている自分が、嬉しいような誇らしいような、それでいて悔しいような切ないような。難しい感情だ。

 まさか、死んでからそんな相手に出会うことになるとは思っていなかった。生前出会っていたなら、今頃すっかり成仏していただろうに。

 素直にそんな気持ちが湧いてきて、それを受け止めて、将門は志之助の精神統一を邪魔しないように、こっそり小さなため息をつくのだった。





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