弐の6




 問われて、志之助は少し考えた様子だったが、それから宙に向かって話しかけた。

「蒼龍。ちょっと良い?」

 そこには、何もない。本当に、ただの空中だ。何事かと目を見張ったのが新田とおみつ。志之助が式神を使うところを一度見ているおりんは、次に何が起こるのか楽しみにしている。

 呼ばれて、志之助の背後に姿を現したのは、青い髪に青い目に青い服装をした、若い男だった。服装も、今時流行の着流し姿ではなく、どちらかというと大陸風な異国情緒を感じさせる。何にしても、由緒正しそうな上品な物腰の男だ。それ以前に、青い髪に青い目な時点で、人間でないことは明らかなのだが。

 それが、志之助の式神の中でも最強の、高位神獣の中でも管理者階級の竜、蒼龍が人に化けた姿であった。

『お呼びですか?』

 かしこまりながらも、なんとなく砕けた態度だ。それが、志之助との関係を表している。志之助の式神ではありながら、身分は当然人間よりも神に近く、つまり、差し引きゼロで、対等なのである。

「おみつさんの話は、聞いてた?」

『なかなか興味深い話を聞かせていただきました。志之助並に不自由な人間ですね』

 簡単な感想付きで肯定するのに、傍で聞いている征士郎が、くっくっと笑ってしまった。蒼龍にとっては、おみつの境遇も志之助の境遇も同レベルであるらしい。確かに志之助も、生まれながらに厄介な能力を背負っており、不自由な人間であることには違いない。

「俺の話はいいの。で、その女、追える?」

『無理です。彼女からはその女に繋がる道が見えません。現場に居合わせれば、追うことは可能でしょうが』

「そっか。蒼龍にも道が見えないなら、将門様にも無理だろうね」

 あまりにも、痕跡が希薄だということだ。人の意識から関係する人間を追っていくことは、一応可能なのだが、それは元となる人と追う相手の互いの認知度によって、難易度が変わってくる。今回のように、互いに顔見知りではなく、片方だけが一方的に、事が起こったときにだけ追っていくだけの関係では、道を追いようがないのだ。

 それは、例えば松安とおりんのようにしっかりと結びついた関係であれば志之助にも追えるし、志之助とおつねのようにただ仲の良い友人の関係くらいであれば、志之助には無理でも蒼龍や神仏に列する立場であれば追っていける。今回は、その関係の強さが追いかけるには足りないのだ。

「あら? でも、だったらどうして、おみつさんには、その女が追いかけられるの?」

 そこへ、おりんが素朴な疑問を投げかける。問われて、それもそうだ、と志之助もおみつに答えを求めた。それに、おみつは何でもないことのように答える。

「だって、同じ病気を持つ相手が血を求める時は、感じで大体わかるもの。そうね、例えば、標的を見定めたときとか」

「それを追えば良いのではないのか?」

「うん。できる? 一つ」

 おみつの答えに征士郎が提案し、志之助が頷く。問いかけた相手は、まだ呼び出していないはずの天狗の長で、だが、呼ばれたときには、今まで蒼龍がいた場所にかしこまっていた。問われて、一つが頷く。

「じゃあ、お願い。おみつさんの警護もかねて。みんな使っていいから」

 主人の命令を受けて、額に向こう傷を持つ烏天狗は、もう一度頷くと、そこから姿を消した。姿を消した自分の式神を見送って、志之助は次に征士郎に視線を向ける。

「とはいっても、事が起こるまでただぼうっと待っているわけにもいかないからね。手を打とう」

「何かできることがあるのか?」

「うん。まずは、現場へ。もしかしたら、被害者が自縛霊化してるかもしれない。それと、占ってみよう。結構材料が集まったからね、精度は上がるはずだよ」

 その発想は、元修行僧であり、非公式な陰陽師である志之助だからこそのもので、征士郎はそんな志之助の判断に、満足そうに頷くと、自分の膝を叩いて立ち上がった。

「そうと決まれば、早速行動を開始しよう。おりんさんはどうするのだ?」

「いいわ。私も行く。今日はこの予定だったからお休みを取ったし。まずは現場、でしょう?」

 応じて、おりんも立ち上がる。それを、おみつは少し不安そうに見上げた。おみつの秘密を知ってショックではあったものの、それで百年の恋を覚ますには足りなかったらしく、新田が不安そうなおみつの肩を抱き寄せる。

「行こう、おみつ。どうやら、彼らに任せて良さそうだ」

「えぇ」

 正体を知ってもこうして抱いてくれる恋人に、ほっとして寄りかかって、おみつも頷くと、そこへ立ち上がった。そして、先導するように先に立って部屋を出て行くのだった。





[ 43/253 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -