弐の5




 彼女が何故、生まれながらにそんな病気を持ってしまったのか。それは、当の彼女にもまったくの謎なのだ。ただ、先祖代々、異様に犬歯が発達しており、その歯で人の皮膚に傷をつけ、その血を啜るように、本能にプログラミングされていた。普通の人間と違うところといえば、人の血を飲むことが出来ることだけで、反対に、人の血を飲まないと二十歳を迎える前に死んでしまうのだというのだ。

 血を啜るとはいっても、その量はごく微量のものである。一日に、二、三滴ほどの血が摂取できればそれで良い。舐める程度で良いのだ。だからこそ、先祖たちは今まで、恋人であったり家族であったり、そういった身近な人に協力してもらって、生きながらえてきた。自分以外の血であれば、同じ病を持っている人間でも構わないのだ。だからこそ、今までは大きな騒ぎを起こすこともなく済んでいた。

 ただ、問題は、この病は他人にうつるという点である。病気をもつ人間が他人の血を舐め取る程度であれば、まったく問題はない。ただ、反対に、何でもない人間が病気を持つ人間の血を、お猪口にいっぱいほども摂取すると、よりひどい症状となってうつってしまうのである。

 まず、間違いなく、凶暴化する。舐める程度で良いはずの血を、相手を殺してしまうほどに飲み干してしまうのだ。そして、さらに、仲間を増やそうとする。自分から相手の体内に無理やり自分の血を残す。そうして、感染者を増やすわけである。

 今回の騒動は、そんな、後天性感染者が起こして回っているものであった。

「やっと見つけたんです。私たちの病をどこから知ったのか、無理やり父の血を飲んで自分から凶暴化して、父を殺した女。せっかく追い詰めているのに、今一歩のところでいつも逃げられてしまって。それも、病をうつして回るものだから、発病する前に血をすべて吸い取って殺してあげないといけなくて」

 その病気は、感染者の血を飲んでからしばらくは、高熱を出してのた打ち回るのだという。それが収まると、ほぼ無敵の吸血鬼の完成、というわけであった。何しろ、体中の血を抜いてやるか、血を全身に供給する心臓を抜き取ってやるより他に、殺す方法がない。先天性の感染者は普通の人間なのだが、後天性の感染者は妖怪に近い存在なのだ。もしかしたら、すでに一度死んでいるのかもしれないのだが。

「そんな化け物を生んでしまう血ですから、私たちも気をつけているはずなんですけれど。あの女のように自ら望んでそうなろうとする人を避けるのは、難しいんです。後からそうなる人と違って、私たちには化け物じみた力はありませんから」

 つまり、最近巷を騒がせている事件の真相とは、件の後天性感染者が襲って首に発達した犬歯を突き立て、その傷口から自らの血を流し込んで仲間を増やそうとしたところへ、駆けつけたおみつが腹を割いてすべての血を抜き取り殺していた、ということだったらしい。

「とはいっても、人を殺しているのには違いありません。罰を受ける覚悟は付いています。でも、その前に、あの女を何とかしないと」

「その話が本当であれば、最悪、日本が滅びるね」

 納得して頷いて、志之助が真面目な顔で口を挟む。そんな突拍子もない話を信じてくれたことに、まず驚いたらしく、おみつが志之助を見返した。なんと、隣にいる征士郎も、うむ、と相槌を打ったところを見ると、素直に信じたらしい。ある意味すごい二人組だ。

「信じてくださるんですか?」

 そう問い返されたのが、逆に驚きで、征士郎はおみつを見つめてしまった。そして、肩をすくめ、志之助に目を向ける。志之助も、征士郎を目を合わせると、おみつに向かって頷いた。

「信じるも何も、事実でしょう? 嘘を言っているかどうかなんてすぐわかるもの。おみつさんはちゃんと本当のことを話してくれてる。だから、疑わないよ。それに、今の話で筋が通った。ね?」

「そうだな。謎は解けたな」

 同意を求めて志之助が相棒に話を振るのに、征士郎も頷いて返す。傍で信じられない様子で聞いている新田とおりんは、ひとまず蚊帳の外だ。

「下手人の処遇は、上様から一任されてるから、心配しないで。奉行所に突き出すような真似はしない。おみつさんに罪はないもの」

 それは、おみつにとっては青天の霹靂と言って構わない、衝撃であったらしい。驚きに、声も出ない。その理由がわかったのか、志之助はしかし、何も言わずにくすりと笑ってみせる。

「で、どうするのだ?」

 おみつのことは、征士郎にとってはそれで問題解決であったらしく、それ以上突っ込むこともなく、志之助に問いかけてくる。何事につけても、策を考えて提案するのは志之助、いくつかある策の中から最善と思われる一つを選んで決定するのが征士郎、という分担ができている。だから、二人にとって、この問いかけは、話を繋げるための布石でしかない。





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