壱の1




 東海道。

 大江戸日本橋を起点に京の都を通って上方まで通じている、海側の大街道である。

 この道を、二人は延々と歩いてきていた。

 かたや旅の浪人者。ざんばら髪で左の腰に長いものを一本差している、やたらと不精髭が似合う男だった。年の頃二十七、八。もっと若いのかもしれないが、不精髭のせいでそのくらいの年に見えた。裾がぼろぼろの袴ばきで、これまでの長旅を感じさせる。

 もう片方は、それこそ歌舞伎の女形でもいけそうな美顔の男だった。腰までありそうな長い髪を首筋あたりで一つに結って、裾を短くした藍染の着流し姿は菖蒲か杜若か。年の頃は見た目ではとんと見当がつかないが、だいたい十八、九だろうか。もう少し若くてももっと年上でも驚かないその姿は、それこそ年齢不詳だ。

 浪人者、名を中村征士郎という。生れも育ちも川崎の、とある直参旗本の三男坊だった。といっても、母親は妾にもなれない本当の通りすがり。父に自分の子であるとの証を得ているからこそ浪人にもなれているが、それがなければ今頃、川崎の港で漁師にでもなっているはずであった。その方が良かったという声もないでもない。

 今は、亡き父の跡を継いだ兄の援助を受けて日本全国漫遊の旅を満喫していた。江戸にいても仕事はないのだから、その方が良いのだろう。理解のある兄を持って幸せだ、と征士郎はそれだけは本気で感謝していた。

 その征士郎の連れは、志之助という名の元修業僧だった。髪が長いのも法衣を纏わないのも修業僧時代から変わっておらず、それでいいのかと色々つっこみたいところはあるが、これでも比叡山に身を置くれっきとした修業僧だったのである。それも、山で一、二を争う法力の持ち主で、しかも現天台座主の直弟子でもあった。

 それが何故こんなところにいるのかというと、この志之助、山の意志が納得できずに飛び出してきてしまったのである。

 これまでの経緯は色々あったが、今ではしのさんせいさんで呼びあう気心の知れた仲だった。旅を共にすることになったのは、たぶん征士郎の一目惚れと志之助の人恋しさの利害の一致だったろう。もちろん、二人とも恋い焦がれた仲とは程遠い男同士の友情を全うしていた。

 二人が揃って江戸に足を踏み入れたのは、これで三回目になる。

 最初は東海道で出会って、二人の共通の目的地だったこの江戸で別れるはずだった。だが、その道すがら山と出会った妖怪事件の数々を二人で片付けているうちに、なんとなく離れがたくなって、結局次の旅も一緒にすることになっていた。

 征士郎はもともとあてもなく旅をしていただけだし、志之助の用事が済むと二人とも暇になってしまったのである。

 その後、再び旅に出た二人が次に行った先が奥州を一周。戻ってきて今度は甲州街道を抜けて中山道に入り、京都に行くと比叡山に引き戻されそうだったので尾張で引き返して、こうしてまた東海道を通ってきたところだった。

 どうも、この二人は妖怪変化を引き込みやすい体質らしく、道中多種多様な妖怪事件に遭遇してきた。数え上げると切りがない。一つの宿場に一回は何かしらある計算だった。いくら百鬼夜行の跋扈する時代とはいえ、これは少し多すぎる確率である。

 その事件の数々が彼らにはちょっとした息抜きにしかなっていないところがまた、彼らの実力を物語っていた。

 何といっても、征士郎は人魚の実子、志之助は鬼神に気に入られた巫体質。その辺の寺の住職とは格がまるで違うのだ。実力云々の問題ではない。




 中村征士郎の兄の家は、神田錦町南神田橋のそばにあった。

 ある意味かなりお城に近い場所だが、それでも橋がそばにないせいで参内するにはやっかいな場所だ。直参とはいえ石高は中の下という、身分相応の場所なのだろう。それでもお役目があるところを見ると、なかなか有能な人物であるらしい。無役の旗本や御家人もこの世の中腐るほどいる。

 二人がその家の門をくぐったとき、すでに日は大きく傾いた夕暮時であった。初夏のその時間であるから、もうとうに酉の刻は過ぎているはずである。征士郎の兄、勝太郎も帰宅していて然るべき時刻だ。

「おおお、征士郎、志之助殿っ! 無事戻られたか。いや、良かった良かった」

 自ら迎えに出た勝太郎が弟とその相棒の無事な姿を素直に喜んで、がしっと両の腕で二人を抱き締め、感極まって涙を浮かべつつなぜか何度も頷いている。

 この兄の行きすぎた愛情表現も二度目になるとさほどは驚かないらしく、志之助は逆に何だか嬉しくなって笑いだした。身寄りのない志之助である。こうして心配して待っていてくれる人がいるだけでも、物凄く嬉しいものなのだ。

 抱擁から解放してやって、とにかく中に入れと促した勝太郎の前方に、腰の曲がった老人が一人、驚いた様子で立っていた。おお、と気がついて勝太郎はその老人を隣に引き寄せた。

「三ヵ月前からこの家に住み込んで家内のあれこれを手伝ってくれている、加助という者だ。加助。弟の征士郎とその親友で志之助殿という。よろしく頼むぞ」

「へえ。加助にごぜえます。よろしくお見知りおきくだせえませ」

 このしゃべり、生れも育ちもお江戸下町、という感じである。よろしくお願いします、と深々と頭を下げたのは志之助で、征士郎も軽く顎をしゃくってみせた。どうやらこの二人のお眼鏡にもかなったらしい。にんまりと勝太郎が笑っている。

「まあ、立ち話もなんだ。とにかく中に入ってゆっくりしなさい。加助。風呂を炊いてやってくれるか」

「へえ」

 答えて加助が奥へ立ち去っていく。荷物のない二人は勝太郎の案内でいつも使わせてもらっている客間へ移動した。





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