13

 名を持つ蛟に先導されて降り立ったのは小さいながら清潔に整えられた新しい神社だった。
 木造打ちっぱなしの鳥居に大きさもバラバラな砂利が敷かれた境内。

 夏真っ盛りのはずなのにどんよりと暗いその場所は、怪雨地域の中心に立地していた。
 蛟自身が起こしているのだから当然といえば当然か。

 せっかく組まれたばかりの石段はむしろ新しいせいで雨に脆くも流されており、足場のために丸太の梯子が掛けられている。

 境内は大雨の直後なおかげで無人だった。
 晴れ請いのためか、祭壇が作られて神酒や春に採れた山菜の乾物や魚の干物などが供えられている。

 その神社境内を覆う禍禍しい呪術の痕跡に、志之助は似合わない渋面で舌を打った。

「ひとまず呪詛を払うから少し待ってて」

 早速神社に戻ろうとする2体の蛟を引き留めて言う志之助に、狭い境内を埋め尽くす質量な蛟たちは大人しく従った。

 名を持たない蛟は長年の主の命であるのだから従うのは当然だが、名を持つ蛟もまた自然と従っているのが少し不思議に思えて、何をするでもなく隣に佇む人形に転身した蒼龍につつっと寄っていってみた。

『あぁ、それならば。あちらの水神殿は自我がございませんもので、命じにすべて従ってしまう本能でもって存在しているのですよ。思考能力を含む自我は存在が生まれると同時にまず真っ先に成長を遂げるものでして、その能力は後追いにて人々の信仰心を得て育つものです。それゆえに、思考能力は我ら式仲間の蛟に、神力はあちらの水神殿にと分かれてしまっているのです』

 問いかけられて志之助の代わりに答えてくれるのは、今現在何もできることがなく暇だからなのだろう。
 ふうん、と相槌を打って、征士郎は改めて相棒を見守る姿勢に戻った。

 しばらくごそごそと祝詞を唱えていた志之助がパン、と柏手を打つと、神社境内全体がうわんとその音を響かせて震え、もうひとつ打たれた柏手の音は反対に神社の外へと解放された。
 二つ目の音と共に志之助の目の前に建てられた社を中心として厳かで爽やかな風が広がり吹き抜けていく。

 その風に吹き飛ばされるように、空を覆っていた雲も一掃されて、一気に夏の日差しが降り注いできた。

 空気が冷えているので日の温もりが心地好いが、そのうちすぐに夏の厳しい暑さも戻ってくるのだろう。

「もういいよ」

 合図を待つまでもなく見るからに問題なかったが、あえて主人の良しを待っていた蛟とその蛟に思考の全権を委ねたらしいもう1体の蛟が社の小さな入り口に突入していく。

 大きさは言うまでもなく釣り合っていないが問題なく収まった。
 不思議を見慣れた征士郎は、境内を埋め尽くしていた巨体がなくなったことにこそやれやれと疲れた様子で志之助のそばに寄った。

「蛟が戻ったら江戸に帰るか」

「粕壁で一泊して行こうよ。女将さんの手料理楽しみにしてたんだ」

 まさかこんなにトントン拍子に解決するとは思っていなかったのは確かで、せっかく宿を取ったのだから一晩くらい世話になるのも良いだろう。

 志之助の提案に基本的に否を言わない征士郎は二つ返事で頷いたのだった。


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