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 蒼龍が動揺したことで少し力が緩んだようで、とはいっても立ち上がれるほどではないようだが、修験者が暴れだす。
 もぞもぞと身を捩る姿は芋虫のようで見苦しい限りだが。

「何者か知らぬが邪魔をするな!」

 目に見えない力に現在押し潰されている最中でありながら、喚く内容は邪魔をされたのだと認識していることを前提としていて、そこまでの判断力がある程度には能力の高い術者であることがわかる。

 なので、志之助はあえて色々な確認作業をすっ飛ばすことにしたようだ。
 その修験者の眼前に立ったままだった位置でしゃがみこむ。

「何の目的があって粕壁に害を為したのだ?」

「それがお前に何の関わりがある」

「私は徳川将軍様御勅命にて粕壁の天候怪異調査の指示を承りましたる陰陽師。関わりは充分にある。答えろ」

「おのれ徳川か! 憎き狸爺の血を引く畜生どもが!!」

 志之助が珍しくその肩書きを名乗れば、途端に修験者は両目をカッと見開いた。
 その口を出るのは将軍家への悪口雑言。
 徳川将軍家で狸爺呼ばわりされる代表といえば初代家康公であろうか。もう百年以上前に生きた歴史上の偉人なのだが。

「我ら一族子々孫々に至るまで未来永劫許しはせぬわ! いつまででも苦しめてくれる!!」

「……えぇと。つまり、嫌がらせ?」

「そのような子供騙しで済ませておくものか! いずれ更なる力を身に付け根絶やしにしてやるわ!」

 なんの恨みがあるのか不明だが、随分と粘着質だと見える。
 あまりの異常さに志之助も戸惑いを隠せず征士郎に情けない視線を向けた。
 征士郎もまた同情するように同じ表情で肩をすくめて返す。

「それで、なんで粕壁に害意を向けたの?」

「ふん。我らは憎き徳川に一泡吹かせてやれればそれで良いのだ。あの地に執着しておるのはそこな水神の成り損ねよ。水場も無しに水神と祀られ祭りにしか省みられぬ哀れな素神ゆえ、拾い利用してやったまで。何を為したとて我は関知しておらんわ!」

 だそうだよ、と話を振るように蛟に視線を向ければ、志之助の式神である蛟も水神の成り損ねと評された蛟も、揃って困惑の表情で返してくる。
 つまり、自覚がないのだろう。

 修験者以外の全員が揃って困惑している状況に、助言の口を開いたのは蒼龍だった。

『おそらくは、かの縛めにて自我を奪われ力のみを引き出されていたのでしょう。
 媒介となる河川を無くした生れたての水神であることは否定の余地もない事実です。生まれはじめの自我は志之助の式神となって社を離れ、自我を持たないまま神力だけが季節祭りによって場に育てられ残された。それをそこな術者に利用されたのでしょう。
 なれば、同体であるはずの蛟が分身されているのも頷けます』

「蛟を取り壊された神社から引き離して連れてっちゃったのが駄目だった、のかな」

『その当時は廃社となっていたのでしょう? なれば、志之助の当時の判断は間違いではありません。ただ悪い偶然が重なっただけですよ』

 生まれたばかりの名もない蛟を引き取ってその場を離れたことは、当時の状況では最善策であったのは間違いない。
 その当時の暴れる水神の姿に畏怖を覚えて運河は無くとも神社を復活させて祭りを続けた地元民の行動も自然の成り行きであろう。
 水神を生み出した地でその水神を祭り続けていれば、その場に水神そのものがいなくても祈りの力は留まって成長してしまうのも当然なのだ。
 まして、その間に水神の名も定まったおかげで拠り所ができてしまったのだからなおさら。

 誰が悪いわけでもなくただ偶然が重なっただけだという蒼龍の判断は、精霊世界の管理人としても妥当なものだった。
 誰か悪者を見つけるならば、そうして自我に取り残された水神を私利私欲のために拘束し連れ出した修験者が悪い。

『せっかく蛟に成長した神力と名が見つかったのですから、分かれた身体を統合しなくてはいけませんね』

「そうだけど、どうしたら良い?」

『再建された神社へ一度戻り、その本体を廃棄して神に戻ることです』

『志之助の式を降りるつもりはないが……』

『身を統合して改めて式神に下ればよろしいのですよ。神格を回復してくださるならば、精霊世界の側にも宿っていただきたい水場がありますので、我々も助かります』

 それは良い考えだ、と蛟も納得して頷く。
 主人を脇に置いて式神同士で結論を導いたのを聞いていた志之助は、それで良いならばと同じように納得して頷いた。

「一つ、前、後。この修験者を先に江戸のお城まで運んでおいて。こっちを片付けてから追いかけるから」

 今までそこにいなかった式神の烏天狗たちの名を呼んで指示すれば、すぐそこに現れた3体の烏天狗はそれぞれの仕草で頷くと、どこから取り出したのか分からないが荒縄を使ってその身をぐるぐる巻きに縛り付けた。
 呼ばれたもの以外の烏天狗たちも現れて、運べといわれたそれを取り囲み宙に持ち上げる。

 1体だけで残った額に向こう傷のある烏天狗が話しかけるように志之助を見上げていた。
 言葉を発することのできない烏天狗は志之助とだけ主従の絆を使って意思の疎通が可能だ。
 それを通して訴えられた内容に志之助は苦笑を返した。

「良いよ、好きにして。傷くらいは良いけど死なさないようにね」

 許可を得て無表情ながら嬉しそうに頷いた一つが仲間を追って飛び上がると、烏天狗たちが荷物をそれぞれ落とさないように気を付けつつも弄びながら南の方向へ飛び去っていった。

 見送って、すぐ横に戻ってきた征士郎に問いかけられる前に一つとの会話を伝える。
 いつも聞かれるから先んじて伝えるようになったのはいつの頃からだったろうか。

「あの子達も仲間意識が随分と育ったよねぇ。仲間を利用されたお礼がしたい、ってさ」

『今現在の我とこのモノは別のものであるゆえそうも気にかける事もないのだが。律儀よの』

『それでもほぼ常に共にあるような関係ゆえ情は湧くのであろうよ。啀み合うより余程良いというもの』

 常に志之助のそばに控えるモノ同士という言及は、式神として以外に精霊世界の管理人という立場上同じようにできない事情から実は羨んでいる内情も透けて見える。

 そうはいっても、蒼龍もまた同じ主を持つ同士という感情からか当初に比べれば随分と肩入れするような言葉を発するようになったものだ。

「そんなにすねないで、蒼龍。さ、一つたちがやり過ぎないうちに片付けて帰ろう。蛟、乗せて」

 志之助に命じられて、蒼龍も今回は最後まで付き合ってくれるようでもう1体の蛟を促して龍体を宙に浮かせ、蛟は一旦地中に潜って志之助と隣に立っていた征士郎を同時に頭上に乗せてそのまま空へと飛び上がった。


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