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と、ふと志之助が驚いたように北東の何もないはずの一点に注目して動きを止めた。
同じように蛟もそちらに顔を向けて固まっている。
「しのさん? どうした?」
問いかけられてあれを見ているのだと指差す方向に、征士郎からはなにも見えず。
「なにかあるのか?」
さらに問われたことで、ようやくそれが人の目に映らないものだと認識できたようで、志之助は驚いた様子で振り返った。
「……だから、か?」
「ん?」
「ヒトがいるんだよ、あそこ。それに、蛟っぽいのも」
この状況での「ヒト」発言は、生き物としての人間という意味だ。
さらに、「蛟」は反対に知りあいらしい口振りであり、ねぇ、と同意を求めて現在跨がっている己の式神に声をかける。
声も出さずに主とその夫を乗せたまま、蛟も頷いた。
「せいさん、手」
自分の手を差し出しながら要求すれば、征士郎もそこに自分の手を乗せた。
こうすることで志之助の力を借りて人の目に見えない存在を見るのはもう慣れたものだ。
改めて示された場所に目を向けて、征士郎も絶句した。
「……あれは、縛られている、のか?」
「やっぱりそう見えるよね!?」
「蛟、お前、親兄弟いたか?」
『……おらぬ』
二人が固まっていた理由はその目で確認すれば一目瞭然で。
征士郎もまた、先ほどの志之助と同じ表情になっていた。
そこにいたのは、烏天狗たちも同じような格好をしているため良く見慣れた修験者姿の男が一人と、その傍らに浮かぶ蛟だったのだ。
さらには、その蛟の長い肢体に絡み付いて見える鎖が日の光を反射してキラキラと光って見える。
『あれは、紛れもなく、我だ』
「うん。霊相も瓜二つだし、間違いなさそう」
しかし、そうだというのなら何故本人の自覚もなく分身した状態なのかという問題に行き当たる。
「とにかく、少なくともあれが今回の犯人だよね!?」
「状況判断しかできぬが、おそらくそうであろうな」
「よし、ひとまず拘束しよう。話はそれからだ」
ほぼ独り言の志之助に征士郎もタイミング良く合いの手を入れていく。
対象が普段から身近に置いている蛟のことだけに志之助も珍しく苛立った様子で、それに対して珍しさは当然感じているものの同じように腹を立てている征士郎だからこそ、全面的同意だ。
ふいっと顔を空に向けるのは、契約している精霊世界の住人である式神を呼ぶときの志之助の癖で。
「蒼龍、お願い!」
『早々に私を召喚なさるとは珍しいですね』
本人が言う通り、確かに本当に珍しい。
それから、何をせよと言われずとも龍の姿に転じ、あっという間に先方の身柄を拘束してしまった。
そもそも蒼龍の能力は特殊で、重力という普通に生活している分には気にもかけない見えない力を操ってしまう。
身体を破壊しない程度に手加減が必要なので、生きたものの拘束には細心の注意を要するのだが、その代わり捕まってしまえばどんな怪力の持ち主でも逃れる術などない。
そんな蒼龍を敢えて選んで呼び出したところに、志之助の怒り具合が見える。
相手側はこちらに気付いていなかったようで、唐突に現れて強力な術を突然かけられたことに驚き暴れようともがいていた。
とはいっても、全く身動きできないため全身を激しく震わせているだけなのだが。
蒼龍を追って蛟に乗ったまま後から登場した志之助は、地に伏せた修験者の眼前に降りたってそのまま見下げる視線を向けた。
後から現れたもう1体の蛟に、修験者側もまた驚愕の表情だ。
蛟はそんなヒトには目もくれず、もう1体の自分に相対する。
『そなたは我か?』
征士郎も下ろし人の身体に変化した蛟の問いかけに、近づいてみれば本当に鎖に縛られた状態であった蛟がその口を開いた。
人の言葉どころか唸り声すら出せずにパクパクとする様子に、征士郎に聞こえないだけではなく本当に言葉が紡げないようで蛟が軽く首を傾げる。
『言葉が分からぬか?』
否定するよう、微かに横に揺らされる首。鎖のせいで大きく動けないせいだろうか。
『その縛めに封じられておるか』
今度は縦に少し動く。
それならば、と次に動いたのは征士郎だった。
背負った狐の御神刀を下ろし、背負い紐をほどいた。
日本の狐全体が妖異から稲荷神まで幅広く大事に扱っている神刀だけにその神力は本物で、神仏でも妖異でも実態のない呪詛ですら容易く切り伏せる。
その物理的には実に鈍い切っ先を蛟を縛る鎖の一部に突き立てれば、力を入れる必要もなくホロリとその部分から崩れ落ちていった。
一部でも途切れてしまえば巻き付いたそれをほどくのに難はなく。
シャランと高い音を立て、蛟の身体を滑ってその全長が地に落ちる。
『我は名を持たぬ蛟。下総国田地内は川越社にて祀りにより生まれ落ち術者志之助を主とする水を司る精なる。そなたは何者ぞ』
『下総国川越神社に生まれし水神にて豊河越津々神と呼ばる精なる』
『そな、た……名を、持つの、か……』
生まれた神社も司る力も全く同じ、本人も主も同じものと認めた蛟同士、同じものと認識されるべきながら、大きな違いがここに至って発覚した。
聞いていた精霊仲間の蒼龍ですら驚いている。
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