二人横並びになって歩くのはそれも昔の癖のようなものだ。歩きながら話すのも同様に。

「第一印象はどうだ?」

「ん、全然わからない。ただね。今回は精霊界からの召喚が封じられたかも。呼びかけてるんだけど応答がない」

 けろりと軽い口調でとんでもないことを告げる志之助に、征士郎は思わず立ち止まった。
 二歩先に進んで志之助も立ち止まり、征士郎を振り返る。

「大丈夫なのか?」

「天狗たちと蛟が一緒に入って来れてるから大丈夫でしょ。植物の古霊たちは弾かれちゃったから手駒は制限ある感じ。その分せいさんに働いてもらうよ」

 それは構わんが、と気遣うように征士郎に心配されて、志之助は肩をすくめて返す。
 なんにせよ、これだけ相手に有利な場の中では弱い植物霊たちは使えないだろうから、大した痛手とも思っていない志之助だ。

「精霊界の応答というと、蒼龍たちか?」

「そうだね。でも、蛟は入って来れてるから、一旦結界の外に出て改めて連れ込めば問題ないし、大したことではないよ」

 そうはいっても、制限されていることには変わりない。
 ただ、今はここに征士郎がいる。前回この宿場町を訪れた10年前と違い、これまでの10年間で征士郎自身が判断して行動できるだけの経験が積まれた頼もしい相棒だ。
 今では心の拠り所でもあるその存在が、何より心強い。

「まぁ、臨機応変に対応できるから大丈夫だよ。あやかし関係では全面的に信用してくれるんでしょ?」

「それはそうだが。しかし、不安は不安だ」

 志之助の従える上位神獣たちは、征士郎によっては頼りになる保険のようなものだ。
 どんな無茶をしても、彼らが付いているなら、と思う。
 それが呼び出せないという枷は決して小さくない。

「平気平気。まだ何もわかってないんだから、無茶もしようがないよ」

「ならば、単独行動はするなよ」

「了解」

 今更確認するまでもないが、征士郎は改めて念を押し、志之助はその発言の前提である過去の無茶を思い返して頷いた。

「無茶する時は連れてくよ」

「そもそも無茶をしなければ良いんだがな?」

「それは無理」

「断言するな」

 はっきり言って胸を張る志之助に、征士郎もがっくりと肩を落とす。
 とはいえ、今現在の何の問題も見えていない状況では言葉遊びの範囲だ。
 おかげでからかっている志之助だけが何やら楽しそう、という状況が出来上がっている。

 発展しているはずの宿場町の中は、人気もなくひっそりと静まっていた。
 何かの用事で道を行く人々も、みな一様に俯いて足早に立ち去っていく。

 覗いた居酒屋にも客の姿はなかった。
 いくら昼時の時間帯とはいえ、ごろつきどもが屯っているのが普通なのだが。

「変な街だねぇ」

「この天気では気も塞ぐだろう。俺も気分が沈んできたぞ」

「それは気のせいだと思うけど……? ん? 沈んできた?」

 気分の問題なら気のせいだと切り捨てかけた志之助は、その言葉が征士郎から出たことに驚いて顔を見つめた。
 通常会話として言い捨てていた征士郎が、志之助が驚いたことにこそ驚いて志之助を見つめ返す。

「気分が沈んではいけないのか? 雨で気が沈むとはよく聞くぞ」

「いけなくはないけどね。せいさんの場合は、おかしいよ。今まで雨で気分が沈んだりしたことあった?」

「……いや、ないな」

 言われてみれば確かに、一般論ではなく征士郎に限っていえばおかしいことこの上ない。
 そもそも人魚の血筋のなせる技なのか、征士郎は周囲に呆れられるほど雨の日には元気になるのだ。
 初夏初秋の長雨の時期など、この征士郎にして鼻歌が出るほど。

 その人物がこんな曇天程度で気がふさぐなどあるわけがない。

「とすると、何かあるということか」

「かもしれないし。まぁ、さっきまで暑かったから気温差に参ってないとも言いきれないしなぁ」

 まだ何とも断言できない、と説明する志之助に、征士郎も納得して腕を組んだ。

 どこの街道でも宿屋は大通り沿いに立ち並んでいるもので、ここ粕壁も例外ではない。
 そのうちの1軒の前で、二人は同時に立ち止まった。宿の中を覗くより先に、お互いに顔を見合わせ笑いあう。

「せいさん、覚えてたんだ」

「以前散々世話になったからな。どうせ泊まるなら気心の知れた宿が落ち着くだろう」

 それは二人が出会って間もない頃の、蛟の騒動の折に宿泊していた宿屋であった。

 まだ日が落ちるには早すぎる昼時では宿も部屋の準備などで客を迎える体勢にはなっていない頃合いだろうが、この雨天で連泊客が多いのか、屋内は活気づいていた。
 中に声をかけると、10年前当時はもう少し若かった女将がやって来る。
 二人の顔を見て、途端に表情が明るくなった。

「あら、まぁ、まぁ。いつぞやのお二人じゃありませんか。ようこそおいでくださいました。さ、どうぞどうぞ」

 まだ泊まるとも言っていないうちに、女将は構わずに二人を招き入れ、奥に声をかけた。
 女将の呼び声に応じて腰の曲がった大女将までやってきて、女将と同じように歓待してくれる。

「今日からしばらくお世話になりたいんですが、空いてますか?」

「えぇ、えぇ。ちょうど連泊されていた御一行が久しぶりに雨の上がった隙を狙って出立されましてね。角部屋をご用意させていただきますよ。ゆっくりしていらしてくださいな」

 本来女将に呼ばれたはずの中居がようやく奥からやって来る。
 その中居に対して案内する部屋を指示し、後で挨拶に行くと言って見送った。

 ここ粕壁では二人は一部で有名人だ。
 10年も前のこととはいえ、あの混乱の最中に旅の途中にも関わらず水害の後片付けを格安で手伝い、さらに荒ぶる龍神を調伏して宿場町を救ってくれた恩人なのだ。

 あれだけの大騒動を10年で忘れてしまうほど、人間は情に薄いものではない。
 深く関わった人ほど感謝の念を忘れていなかった。志之助自身の美貌も無関係ではなかろうが。

 先ほどの約束通り挨拶にやって来た女将は、この異常な天候の解決にやって来たことを話すとそれはそれは喜んだ。

「本当に困っていたんですよ。この雨続きで山の方は土砂崩れもありますし、お隣は屋根瓦が落ちてしまって。うちの中庭も庭木が腐ってしまって、飛び石ももうだいぶずれてしまっていますし、池も溢れてしまって大変なんですよ。まったく乾かない状態なので直すに直せなくてねぇ。せっかくお泊りの皆さんに喜んでいただいていたお庭なのに、今はお見せすることもできなくて」

 地元の人間から聞く実際の様子は、江戸に伝わる以上の惨状だ。同情せずにいられない。
 
「早く解決しないといけませんね」

「まぁ、まぁ。志之助さんにそう言っていただけると、心強いわね」

 女将は過去の実績から志之助の力を全面的に信頼しているようだ。嬉しいような重荷なような。少し複雑ではある。

 それで、どうですか? と身を乗り出してくる女将に、志之助は軽く肩をすくめて返した。

「ちょっと難しいかもしれないですね。女将さんにはご迷惑をおかけしますが」

「あら、いやですよ。私たちにできることなら何でもご協力しますから、仰ってくださいね」

 それじゃごゆっくり、と挨拶をして逃げるように立ち去っていく女将を見送り、志之助は征士郎と顔を見合わせると苦笑を浮かべた。

 現在難色の旗色を好転させるのが、とりあえずの課題のようだ。


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