店と土間の間のわずかな板の間に、大人4人子供2人座っての夕食も、すでに習慣となっている。
 もともと大人4人でも窮屈に感じていた場所だ。長男も大きくなり、さすがに無理を感じなくもない。
 とはいえ、場所を変えようという提案は先延ばしのままだ。

 食事を終えた茶碗を下し、勝太郎はふむと唸って腕を組んだ。

「異常気象というには異常に過ぎるとは思っていたが、やはり何かあるのか」

「えぇ、おそらく。ただ、行ってみないことには原因はわかりません。誰かが雨乞いをしているのか、土地の神の逆鱗に触れたか」

 どちらにせよ小さな妖怪の仕業ではありえず、天候にこんなにも長い間影響を及ぼすからには強大な力が働いているはずだ。簡単な仕事ではない。

 いずれにせよ、凡人には手の出せない領域であり、手を出せる人間である志之助が自らの判断で引き受けたのだから、周囲の人はそれを手助けするだけだ。

 店を開けた当初は中村家に唯一いた住み込みの使用人、加助が留守居をしてくれたものだが、彼は長男が生まれた頃に引き換えとでもいうように大往生してしまった。
 したがって、大掛かりな仕事の時はおつねが子育てしながら店番を務めてくれていた。
 そのおかげもあって子供たちはこの店で育ったようなものだ。

「店番はあたしがしておきますよ、いつものように」

「いえ。今回は閉めていこうかと思ってたんですけど」

 おつねの申し出を志之助は少し申し訳なさそうに断る。
 その途端に全員が不思議そうに志之助を見やった。
 今までは、じゃあ遠慮なく、とおつねに頼っていたものなのだ。今回に限って断るのには何らかの理由があるはずだった。

「どうして?」

「今までは夜には店に帰ってきていたから遠慮なく頼んでましたけど、今回は場所が場所だけに日帰りというわけにもいかないし。中村のお屋敷をずっと留守にするわけにもいかないでしょう? それに、今回は店の守護をさせている式神も全部引き上げていくつもりなんですよ。閉めてしまった方が安心です」

 距離だけで言うなら、師の墓前参りで京都に行った時も式神は置いて行ったように、まったく問題ではない。
 が、それは他に使う力に余力があって何事か発生したときにそちらに力を向けられるだけの時間的余裕があるからできることだ。

 今回の場合では、店を守っている式神も、中村家の屋敷を守っている式神も、江戸城を監視している式神も、全て回収して出かけるつもりでいた。
 それほどまで、志之助の判断上は切迫した状況だ。先走って事前調査しようとせず旦那の帰りを大人しく待っていたのが、一番の証拠だろう。

「臨時休業か。ずいぶんと久しぶりだ」

「俺が突然体調崩す時しか閉めないからね」

 ふふ、と志之助は照れ臭そうに笑った。
 四捨五入すれば四十になってしまう歳だというのに、可愛らしい反応だ。

 店主夫婦はそれで納得している様子なのだが、不安そうに眉をひそめたのはおつねだった。

「でも、お休みがいつまでになるかわからないでしょう? 長くなってしまったら常連のお客様だって離れてしまうわ。私なら大丈夫よ。ミケちゃんだっていてくれるし」

 ね、と突然声をかけられて、店の隅で他人事顔で丸まっていたミケがのっそり顔を上げた。
 すぐにそっぽを向いてしまって可愛げのない反応だが、おつねも慣れたものでめげる様子はない。

「ね、ミケちゃん」

『……アタシは志之助の式じゃないし、ただ世話にはなってるから恩は返すだけさ』

「ほら、ね? ミケちゃんだけじゃ不安かしら?」

 どうよ、と胸を張るおつねに、志之助は征士郎と顔を見合わせ、困って笑った。
 おつねの夫である勝太郎を見やれば、こちらは妻の好きにさせるつもりでいるらしく澄ました表情で味噌汁を啜っている。

「本当に、何も置いていきませんよ?」

「いいわよ。こっちはこっちでなんとかするわ。あなたたちの義姉を信用しなさいな」

 確かにおつね自身にはなんの力もない。だが、頼るべき相手なら色々と知っている。
 江戸に定住して8年の間に志之助が築き上げた人脈は、生きた人間にも神にも妖怪にも幅広いのだ。
 その中には、おつねでも頼れる相手だって多くいる。

「じゃあ遠慮なく、お願いします」

「はいな。任しといて」

 厚くもないふっくらした胸をぽんと叩いて見せる彼女に、志之助はまだ心配そうに征士郎に目を向けた。
 その視線を受けて征士郎はその頭を少し撫でてやる。

「松之丞、信介。母上の手伝いをよく務めるのだぞ」

「はい、叔父上」

「あい」

 5歳と3歳の幼い甥っ子たちの返事に、征士郎は大仰に頷いて見せ、それから自分の伴侶に笑顔を向ける。

「将門様に声をかけて行こう。お膝元だし、気にかけてくれるだろう」

「うん、そうだね」

 その案にようやく安心する材料を見つけたか、志之助はやっとほっとした表情で笑った。かわりにおつねがぷっと膨れるのだが。

「なによぉ。私じゃ不安なわけ?」

『何じゃ、志之助。アタシだけじゃ不安だってのかい』

 おつねにのっかるように、ミケも不満気に文句を言う。
 が、怯むことなく志之助は頷いた。

「はい、不安です。おつねさんは霊なんて見えないし感じないでしょう? ミケだって何か特別な力があるわけでもない。何かあったらと考えたら実に不安でいっぱいです」

 実際、志之助には何ということもない事象が多いから話題にすら上らないだけで、割と頻繁にいろいろとある場所だ。
 元々霊に居心地の良い土地柄だった上に、志之助がやって来たことでさらに霊を呼び寄せる環境が整ってしまったのだ。
 その場所に、大事な人を放り出して行くわけにいかなかったわけだ。

 そう訴えられれば反論の余地もなく、おつねもミケも黙ってしまう。

「なので、何かあったら明神様を頼ってください。何とかしてくれますから。ミケ、おつねさんと子供たちを頼むよ」

『あいよ』

 やり込められてふてくされたミケはそれでも一応ちゃんと返事はして、再び店の片隅に丸まった。



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