空読み



(2008年七夕限定SS)



 その朝。
 志之助は店の前に立ち、低く垂れ込めた曇り空を見上げていた。

 梅雨が戻ってきたような連日の雨模様の名残なのか。
 盛夏の暑さも多少やわらかい代わりに、随分と蒸す天候だ。

 二階で刀の手入れをしていた征士郎が、階段を降りてきて店先に居ない志之助を少し探したらしい。
 雨除けにもなっている暖簾を分けて顔を出した。そして、怪訝な顔で問いかける。

「しのさん、どうした? 浮かない顔だ」

 何か不測の事態が起こったのなら、志之助の顔から表情が消える。それは間近で見ていて知っているので、今更不安に思うわけではない。
 だが、だからこそ、困ったような悲しいような表情は、実は珍しい。
 声をかけられて、志之助は征士郎に視線を返し、肩をすくめて見せた。

「雨」

「あぁ、降りそうだな。どうした? 特に予定もないだろう?」

「……逆だよ。降らない」

 は?
 思わず、聞き返した。

 農家なら梅雨時の雨は恵みの雨で喜ぶべきものだから、降らないのは困るのだろうが、都会に住んでいる限り、雨は降らない方がありがたい。
 だというのに、降らないことに困るのは、少々納得がいかないものだ。
 それに、雨など降ってくれない方が、店を出している身としてはありがたいではないか。
 雨は客足を遠ざけるのだから。

 さらにその上。

「この雲行きで、か?」

 どんよりと垂れ込めたその暗い雲は、まさにまもなく雨を降らしそうな勢いだというのに。

「降らないよ。午後くらいから晴れてくる」

「良いじゃないか。このところ雨が続いていたんだ。そろそろお天道さんを拝んでも」

「明日ならねぇ」

 実に憂鬱そうにそう返して、その手に届いた笹飾りをさらりと揺らした。
 店先に立てられた竹飾りは、狐の叔父からもらった、御神域から伐り出した竹を飾ったものだ。
 短冊がいくつかかけられており、近所の子供たちの願い事が書かれている短冊もいくつか下がっている。

 志之助が触れるのにしたがって征士郎もそれを見やり、それで理由がわかったらしい。

「そうか。今日は七夕だ」

「せっかくの年に一回の逢瀬なのにね。丸見えだよ、この天気じゃ」

 さすがに雨は呼んであげられないしなぁ、と少し悔しそうな志之助を見下ろし、征士郎はしばらく不思議そうだったが、ふと昨年の出来事を思い出した。
 志之助が師の弔いのために店を留守にしていたのが、確か昨年の七夕だったのだ。
 そこで、牽牛星と関わっていると聞いていた。

 なるほど、千年以上ぶりに星の世界に戻ってようやく平穏に七夕の儀式ができるのに、下から見上げられていたのでは気の毒かもしれない。
 露出趣味があるのならともかく。

 恨めしそうに空を見上げている志之助に、他人事なのに、とそのお節介心をほほえましく思い、肩を抱き寄せた。

「大丈夫さ。始めてしまえば、人の目など気にならなくなる。そうだろう?」

「……せいさん、助平」

 そんなに深刻な話でもないことにほっとした気持ちは隠して、なるべく軽口になるように話しかければ、志之助はその征士郎を上目遣いに見上げて、むすっとふくれた。少し、目元を赤くして。

 そして、征士郎の心遣いに気付いたのだろう。
 ようやく、眉間の皺を消して、そっと微笑んで見せたのだった。





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