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 私のように場所憑きの妖物が場所を移動するには、制約がある。
 場所憑きといっても、招き猫は店に憑いているようなものだから、棟換えがあれば自然に移動ができる。ただし、店主の腕に抱かれてでなければその場合でも移動は不可能だ。

 その他の方法では、術師の手によって無理やり場所を移動する方法くらいだろう。その場合、下手な術師になれば招き猫の格に傷が付くこともあり、慎重を要する。

 この二種の手段を用いずに移動すれば、私は招き猫の格を失う。店を見捨てたと同等というわけだ。まぁ、店そのものが招き猫にとっての縄張りだから、余程のことがない限り縄張りを捨てることなどありえない。

 今回の場合、志之助は術師であるから第二の手段が取られるものと思ったが、そうである必要はなかったらしい。何しろ、私が憑いている中村屋の初代店主だ。店主の腕を介して店から自宅へ移動することに、何の制約も不要だった。

 ただし、縄張りを店から自宅に移動するわけだから、店から招き猫の守護は消え失せるのは致し方ない。

 私を抱き抱えて店の裏口から出た志之助は、立ち去った征士郎を待つ間、私を膝に乗せて店の前のベンチに腰かけていた。
 具現化した私の背を何度も撫でながら、苦笑する。飼い猫に話しかけるのは、人々の目にも特に奇異には映らないようで、目の前を往来する人がこちらを注目することもない。

「特別背任に近いよねぇ」

 その言葉がどういう意味を持つのか理解できず、気持ちよくごろごろと喉を鳴らしながら、私はそれを聞き流した。そもそも、ここ最近の言葉だろう、それ。

「一時預かりだって認識をちゃんと持ってもらわないと困るよね、一族以外の社長さんにはさ」

『人手に渡ったも同等だと、藤一郎は言っていたぞ?』

「藤一郎さん? ……あぁ、資料にあったね、名誉会長さん。そんな風に言ってたんだ。筆頭株主だもの、それは当てはまらないと思うけど」

『株だの何だのは良くわからん。だが、人に店主を任せるなら経営に口を出すのは筋が違うのだと、あれは私に言っていた。自分に言い聞かせていたのかも知れんな』

 そうなのかな、と志之助も首を傾げていた。そもそも初代店主だ。他人事とは思えないのだろう。一時雇いの術師だというのに、随分な肩入れようだと思う。まぁ、嬉しいことには違いない。

『それはそうと、志之助よ』

「なあに?」

 同一人物には違いないが、随分と柔らかい物腰に生まれたものだ、と感心しながら、私はこの三百年来ずっとしまってきた疑問をようやく口にした。

 何しろこやつ、私に疑問をぶつける間も与えずにこの世から姿を消してしまったのだ。恨みも感謝も行く場がなかった。

『あの日、お前の力を随分と私に残していっただろう。自分の命を永らえるのに使えば良いものを』

「あの日、か。そうだねぇ、ほとんど力が出なかったから、力を置いていったんだったね」

 本当は、お前の力を引き出してやろうと思ってたんだけどね、と教えられたのは三百年前のあの一件の真相だったのだろう。

 あの日、いつものように朝早くから旦那と一緒にやってきて、私を膝に乗せて半日ひたすら私に力を注ぎ、昼餉過ぎに力尽きてバタリと倒れたこの男は、その日のうちに息を引き取った。
 随分前から死期を悟っていたらしい、と当時店主を務めていた二代目信介に教えられて、私はこの男に恨み言も感謝の言も伝えられないままだったのだ。

「信介は随分と商才があったからね。そうはいっても武士の子だ。偏見もあるだろうし苦労するのは目に見えてる。お前なら、信介に懐いていたからね。助けてくれると思ったんだよ。実際、そうだったろう?」

『ふん。お前に力をもらうまでもなく、私は中村屋の招き猫に納まる覚悟はとうについていたさ。だが、感謝している。お前の力がなければ、きっと次代に続かなかった』

 確かに、信介の代までは、志之助の跡継ぎとして将軍直々の加護を受けた。だが、所詮は武家出身の家柄。庶民には好感度も高かったようだが、武士の嫌がらせを随分と受けたものだ。私に招き猫の力がなければ、数代ともたなかったに違いない。

「これからも、頼むね、ミケ」

『お前に頼まれるまでもない。私は中村の招き猫だ。信介の遺志を継いでいく限り、私から店を捨てることはないよ』

「ふふ。本当に信介に惚れてたんだねぇ」

『ほ、惚れてなんぞおらんぞ!』

 いきなり何を言い出すかと思えば! 私は化け猫だ。人に惚れることなどあろうはずがなかろう!

「そんなに照れなくても」

『照れておらん!!』

 ふふっと意味深な笑い方をする志之助の膝で、私は不貞腐れて丸くなるしかなかった。

 まったく、何を言い出すか。この非常識な初代店主は。




 その後、レンタカーとかいう車で中村本家に送られた私は、そこで次代を担う子供たちの遊び相手をしながら半年を過ごし、傾きかけた中村屋に戻った。

 私を放り出した他にも何かやらかしたらしく、皆本とかいう名の小男は特別背任罪を適用されて逮捕され店を後にした。その後の建て直しを引き受けたのは、志之助の予言通り中村の人間で、まだ四十代の若社長だからしばらくはこのまま勢いに乗ることだろう。

 世間は世紀の大不況時代だという。店の経営もギリギリの綱渡りだ。それでも、従業員一同を一人の解雇もなく食わせていけるだけの経営状態であれるのは、志之助に与えられた私の招き猫の力によるものだと自負している。

 信介が残した大切な店だ。私の目の黒いうちは、易々と潰してなるものか。

 広い店内を見回りついでに散歩しながら、私は決意を新たにする。二本の尻尾をふよりと別々に振って。





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