次期様の霊剣術師




 二十五歳を過ぎた頃から、東京と京都を往復するようになった。

 父を押しのけて土屋家の後継者になった僕には拒否権はない。経営のノウハウやら代々伝わっている伝家の何とやらなど、祖父に教わることはけっこう多い。

 土屋家どころか、土御門の後継者にまで推挙されている僕だけれど、おかげでどちらの家にいても勉強三昧だ。東京では土御門の、京都では土屋の、それぞれの家で当主に捕まり、直々の授業を受けている。

 まぁ、術についてだけ言えば、僕の方が知識量も技術力も上なので、その点は何かをとやかく言われたことがないし、言える立場だとも二人とも思っていないようだけれど。

 土御門では、失敗した呪詛払いの引継ぎなんて面倒な仕事は僕にしかできないという事情もあって、ずいぶん頼られているけれど、その実、若い世代の術者たちからは疎まれていることも承知している。

 そしてそれは、土屋の実家の方があからさまだ。僕の味方は、祖父と本家付の使用人のみなさんくらいのもので、後継者という肩書きこそ失ったものの、まだ実務上の最高権力者である立場は変わらない父に、みんな返り咲きを期待している。実力はどうでも、カリスマ性はあるらしい。

 僕も、父に後継者を務めてもらうのが良いと思うけどね。

 そんなわけだから、その父から肩書きを奪った僕は、土屋の若手から目の敵にされている。実家に帰るたびに、嫌がらせなんてしょっちゅうだ。

 その時も、そんな嫌がらせの一環だった。今までは僕自身に向いていた嫌がらせ対象が、今回は僕の連れに向いたんだ。

 やめた方が良いと、思うんだけどねぇ。

「待たれよ!」

 いつものように正面の門をくぐった僕たちの前に、ちょうど同じくらいの年齢の男が、仁王立ちに立ちはだかった。見慣れない顔だったけれど、黒の袴に剣を帯びたその姿は、土屋に属する陰陽師と組んでいる霊剣術師だろうと想像できた。

 その男は、腰に挿した剣ではなく、手に握っていた木刀を突き出し、僕の隣に従っていた人に向けた。命の危険は低いけれど、それは十分凶器になりうる代物で、僕も平静ではいられなかった。彼が落ち着いて制してくれなければ、その男を怒鳴りつけていたに違いない。それはそれで、インパクトがあって良いのかもしれないけれど。

「この屋敷は部外者立ち入り禁止だ。お引取り願おう」

「彼のパートナーは、部外者か?」

「我ら土屋は、協会に所属しないものを霊剣術師とは認めん。まして、その方は我ら土屋の大切なお世継ぎ。出自も実力もはっきりしない者に任せるわけにはいかん」

 協会?

 思い返した記憶にはない存在の名前に、僕は首を傾げてしまった。僕に確かめるように視線をくれた彼が、僕が不思議そうなのを見て理解したのか、呆れたように首を振った。

「ずいぶん凝った言いがかりだな。感心するよ。悪いが通してくれ。長旅で疲れている」

 本人はまったく疲れていない様子で、相棒を気遣うように庇ってみせることで、疲れているのは次期当主様の方だ、とアピールしてみせた。

 それを、わかっていて無視しているのだろう。強引に通ろうとした征士の喉下に、木刀を突きつける。征士がタイミング良く立ち止まっていなければ、確実に喉を痛めていたであろう勢いだった。

 自分が傷つくことより恋人を傷つけることを極端に嫌う僕は、その瞬間、かっと頭に血が上ったのを自覚した。けれど、僕の反応より、彼の制止の方が早かった。その力強い腕でがっちりと抱きとめられて、我に返った。

 征士は、もしかしたら、売られた喧嘩を言い値で買い取るつもりだったのかも知れない。自分に向けられる切っ先を視線だけで見下ろして、これ見よがしのため息をついた。

「そんなに実力が見たいなら見せてやるが、後悔するのはあんたらの方だぞ」

「その減らず口、いつまで叩いていられるかな」

 なんだか妙に自信たっぷりな捨て台詞を吐くその人に逆に感心していると、その台詞が合図だったのか、同じように屈強な袴姿の男がわらわらと現れて、僕たちを取り囲んだ。全員がそれぞれに真剣を帯刀している。

 つまり、自信過剰に見えるその根拠は、これだったらしい。多勢に無勢。目に見えてわかる卑怯な手段に、呆れ返る。

「……せいさん。相手にしないで良いよ。屋敷に入ろ?」

 そりゃ、この人が現代の剣士程度に負けるはずがないのはわかってる。信頼もしてる。でなくちゃ、あんな無茶な解呪手段は選ばない。

 けれど、そうは言っても、相手は十人を下らない。万が一ということもある。征士が傷つくのも嫌だけれど、彼に加害者の重荷を背負わせるのも嫌なんだ。

 彼は、僕の心配をちゃんとわかっていた。それでも、ふん、と鼻で笑って見せた。つまり、やる気満々ということ?

「しのさん。一分だけ待ってて」

「……相手にしなくて良いってば」

「一回コテンパンにしとけば、しばらくは難癖付けられなくて済むだろ」

 まぁ任せとけって、と実に軽いノリで僕にウインクまでしてみせる彼に、僕はそれ以上引き止められなくて、静かに彼から離れた。ゆっくりと、後ろに五歩。

 騒ぎを察知したようで、屋敷内にいた祖父や僕の味方をしてくれる本家付の使用人の皆さんが、玄関前に集まっていた。それを見やって、観客に喜ぶくらい、征士はホントに余裕。

 丸腰のままそこに仁王立ちして、どこからでもかかっといで、なんて軽口まで叩く。

 何しろ、本家に出入りする実力者が相棒である剣士ばかりだ。丸腰でただ立っているだけの彼の隙の無さに、全員が攻めあぐねた。
 そんな中、周囲の空気をまるで無視して先に動いたのは、征士の方だった。

 ずいっと一歩前に踏み出して、ちょうど正面にいた、彼に難癖つけていた男の手元を叩きあげると、宙を勢いよく回転しながら飛び上がったその木刀を見もしないでキャッチする。

 敵は真剣、こちらは木刀。普通に考えれば、こちらが不利だ。

 けれど、何しろ相手はあのせいさんだし。素手のままでだって現代人には負けないと思うよ、僕は。

 武器を持ったことで、大義名分がようやく整ったらしい。丸腰の相手を真剣で攻撃するという、武士道にあるまじき行為に躊躇していた彼らが、ようやく動き出す。じりじりと位置を変え、征士の隙を窺う。

 やがて一人がやっという掛け声とともに剣を振り上げたのが、合図だった。木刀を構えもせずにただ立っていた征士が、おもむろに足を踏み出す。一歩、二歩。

 カンッと乾いた木が立てる高い音がしたのは、征士の木刀がまず一人目の剣のつばを払った音だった。払われた方は、その衝撃で刀を取り落とす。

 すかさず、二人目、三人目も一気に剣を根元から払って叩き落し、上段に構えた四人目は上に叩きあげて、木刀を取り上げた要領で宙に舞い上げ左手に。五人目と六人目は、左右の剣をそれぞれ振るって同時にその足元へ落とす。そのまま左手の剣は自分の足元に落とし、七人目、八人目、九人目と流れるように真剣を振り払っていく。

 そして、僕たちを呼び止めて難癖つけてきた人の喉下に、剣先を突きつけた。

 所要時間十秒弱。征士の足元には剥き身の真剣が九本。彼が移動した距離は、半径1mの円内に収まった。

 ちょっと、僕ですら、唖然。

「まだやるか?」

 一人として、打撃すら受けていない状況で、彼らも自らの身に何が起こったのかいまいち把握できていないのだろう。剣を交えることもなく、実力の差を見せ付けるのに、これ以上ない方法だった。

 まるで、師範に弄ばれる少年剣士、くらいの実力差だ。彼ら自身もまた、土屋家を背負う名のある陰陽師のパートナーであり、それなりの実力を持つ剣術家なのだ。その相手を、まったく歯牙にもかけない態度と実力で、彼らを黙らせるには十分だった。

 彼らが何の反応も見せないことで、威力は十分すぎたことは理解したのだろう。征士は軽く肩をすくめると、ぽいっと木刀を足元に投げ捨てて、僕のところに戻ってきた。

「お待たせ」

「やりすぎじゃない?」

「いやぁ、ここまでうまくいっちゃうとは思わなかったからさ。こっちも向こうも怪我をしないことが最優先、だろ? 次期様?」

 茶化すようにそう言って、僕の腰に手を回してくる。僕はその彼を呆れた表情で見上げて、それでも腰に回った手は払わずに、玄関に向かった。ぴったりくっつく恋人に、身を預ける僕の仕草は、この場面を野次馬していた全員に対して、この人の立場を知らしめるためだ。

 土屋家に所属する霊剣術師では最高の実力者であり、僕の恋人。誰に見られても恥ずかしくない、事実上の伴侶。それがこの中村征士という人だ。

 自他共に認める土屋家最強の陰陽師と、今日改めてその未知数ともいえる実力の一端を垣間見せた霊剣術師のコンビだ。

 これでしばらくは、あからさまな妨害行為を受けることはない、といいなぁ、などと希望的観測を呟く僕に、征士はくっくっと苦笑を返してきた。

「まだまだしばらくはハエがたかるだろうよ」

「ハエって言わないで。一応身内なんだから」

「しのさんの口から『一応』って出てるようじゃ、まだまだだな」

 僕たちの会話を聞きつけた祖父は、この状況を作ってしまった原因の一端である自覚があるのだそうで、困ったように肩をすくめて僕たちを迎えてくれた。




 ちなみに、次に東京から京都に帰って来たときは、三十人の霊剣術師に囲まれたことを、付記しておこうと思う。

 まったく、懲りない連中だ。





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