再会初夜 R18



※時系列は本編第壱章と第弐章の間くらいです



 背の高さまで一緒だと、気付いたのは神田からの帰り道だった。

 紆余曲折あってようやく恋人を取り戻した征士は、師匠の恋人から管理人の名目で借りているマンションの一室に戻る満員電車の中で、目の前に旋毛の見える恋人をさりげなく抱き寄せながら、そんなことを思っていた。

 生まれ変わってから、何度か顔を合わせはしたものの、身も心もここまで接近しているのは、今が初めてだった。昔とほとんど同じ距離に、恋人がいてくれる幸福に、知らず知らず酔いしれる。

 ただ、このまま酔って前後不覚に陥ると落とし穴に嵌るのが本能でわかるから、努めて冷静を保った。恋人が精神的に不安定なのは、それもまた今も昔も変わらない。放っておくと泥沼に嵌っていきそうな危なっかしさがある分、今の方が気が抜けないのだ。

 それも、しばらく一緒に過ごして幸せな日常に慣れさせれば、安定してくるだろうと思う。それまでは、自分がしっかりしなくては。そんな風に、意気込む。

 征士の意気込みを気付いているのかいないのか、満員電車に慣れないらしい志之武は、他人の目も気にせず征士にしがみつくように身を寄せていた。だから、征士の目の前に旋毛が見える。

 背の高さが同じというより、身長差が同じだと言うべきなのだろう。江戸の頃も、現在も、征士の身長は平均より少し高めの位置で、一般的に江戸の頃の男の平均身長は今よりずっと低かったらしいのだから、自分の身長も今よりずっと低かったはずなのだ。

 神田から御茶ノ水に出て中央線に乗り、新宿で私鉄に乗り換えて、各駅停車で三駅。この満員電車は、丁度帰宅ラッシュの時間帯に重なってしまったせいだ。

 三駅分の苦しさを脱出して、征士は志之武が息を整えるのをホームで待ってから、その手を引いた。マンションまでは歩いて五分かかる。が、その前に腹ごしらえだ。家に戻っても食材は何も無い。

「何食べる?」

「……え?」

 どうやら、東京の町並みが珍しいのだろう。住宅街近くの駅前商店街など、都心だろうが地方都市だろうが大した差は無いはずだが、もの珍しそうに志之武は周りを見回していた。それで、反応が遅れた。

 日暮れ時の商店街は、肉屋魚屋八百屋惣菜屋それぞれが、客取り合戦にしのぎを削っている。その間に挟まれるように定食屋やファーストフード店なども立ち並んでいた。
 どちらかといえば、目当ては食材より食事処だ。ただでさえ、抱きしめたくて手がうずうずしているのに、家で食事の支度などできる余裕は無い。

 それは、志之武もわかっているらしい。指差したのは全国チェーンのカレー屋だった。

「あそこ」

「ココイチ? カレー好き?」

 陰陽道の大家ともなれば、純和風の邸宅で純和風の食事しか思いつかなかった征士は、その志之武の反応に意外そうだ。けれど、子供っぽく頷く志之武に問いただすこともなく、征士は彼の手を引いてまっすぐそこへ向かった。




 さすが土御門家宗家の私邸として用意されたものだけのことはあって、セキュリティのしっかりしたマンションの鍵を開け、征士は志之武を中に促した。

 先ほどから口数の少ない志之武は、自然と身についた礼儀作法を実践して、誰もいないのにお邪魔しますと声をかけ、中に入っていく。その後を、玄関の鍵を閉めてチェーンまでかけて、征士が追いかけた。

 3LDKのマンションのリビング入り口で、志之武は困ったように立ち尽くしていた。他人の家に押しかけて、家主の許可も無いまま座るわけにも行かず、手持ち無沙汰なのだろう。

 その志之武の背後に忍び寄り、征士は背中から彼を抱きしめた。

「不思議だよな」

「……え? なに?」

「俺より頭半分低い身長とか、こうして抱き寄せた時の感覚とか、生まれ変わって身体も変わってるのに、違和感が無いんだ。違う身体だと頭ではわかってるのに、懐かしい」

 志之武に対して隠し事は意味が無い。その気になれば、人の心の中など簡単に覗き見ることの出来る彼だ。そのおかげで無理な取り繕いをしなくて済む楽さを知っているから、征士にとって、志之武に対して素直であることは、ごく自然なことだった。

 そんな征士の反応に、志之武は少し首を傾げて、それからくすりと笑った。

「そうだね。僕より頭半分高い身長とか、後ろから抱きしめてくれる腕とか、まったくそのまんま」

 もちろん、違う所だってある。昔より饒舌だし、霊剣術士の修行をしていただけのことはあって霊力は格段に上がっている。けれど、それらすべてが、昔の征士郎に少し頼りがいが増えただけの、プラス要素にしかなっていないのだ。根本は、昔と変わらない。

 それは、志之武にも言えた。昔より大人しい上に、悲観思想傾向はより強くなってしまっているが、その代わりに、現代っ子らしい図太さも垣間見える。今より落ち着けば、きっと志之助にはなかった安定感に繋がるだろう。

 だから、側にいたいと思う。昔と同じように、同じ目線で物を見て、語り合って、側に寄り添っていたい。

「……ずっとね」

 ふと、征士の腕を抱きしめて、志之武が語りだす。志之武の背にぴったり張り付いた征士は、喉を鳴らすだけで相槌を打った。

「僕の右斜め後ろで、せいさんが見守っていてくれたんだ。だから、今まで頑張ってこれたんだと思う」

「俺が?」

「うん。ありがとう、せいさん」

 そっと征士に背中を預けて、志之武は征士を見上げ、にこりと笑って見せた。その笑みに、征士は感極まって、さらにぎゅっと志之武を抱きしめた。

「俺を、信じてくれてたんだね」

「他に、支えがなかったからね。でも、迷いはなかったよ。こんな身体で会えないとは思ったけれど、それでも、せいさんだけが僕の支えなんだ」

「……今も?」

「今も。貴方がいるから、僕は頑張れる」

「俺がいるから、無茶が出来る、の間違いだろ」

「あはは。そうとも言うかな」

 茶化して返してくる征士に、志之武は否定することもなく笑い、それから征士の腕の中で身体を捻り、彼と顔を見合わせた。そっと目蓋を落とし、征士の唇に自分の唇を寄せる。

 触れた途端、息も出来ないくらい喰らいついたのは、征士の方だった。

「……無茶、して良いぞ。どこまでもついて行く」

「もう、しないよ」

「嘘つけ。しのさんのその約束だけは、ついぞ守られたことが無い」

 もう、諦めてるんだ。そう耳元で囁く。

 征士の昔からの口癖だ。しのさんを守るのが俺の役目だ、俺にしのさんを守らせてくれ。何度言ったか知れない。そして、何度その言葉通りに命をかけて志之助を守ったか知れない。

 その過去が、征士の自信だ。生まれ変わっても、無茶をする志之武を守れるのは自分だけだという自負がある。今だって、昔よりさらに強くなったであろう恋人を守るために、昔よりさらに力をつける努力を怠ってはいない。志之武が高みを目指すなら、背後を守るのは自分の役目だ。誰にも譲れない。

「だから、もう、止めないから。無茶、しても良いぞ。その代わり、俺を連れて行け。地獄の果てまででも」

「もう解放してくれって言われたって、この手を離せないよ。死ぬときは、せいさんの腕の中が良い」

「今度はしのさんに看取ってもらいたいなぁ」

「やだよ。僕が先。せいさんに抱かれて死ぬの、すごく幸せなんだもん」

「ずるいぞ。前はしのさんが先だったんだから、今回は俺が先だ。俺にもその幸せを味わわせてよ」

 再び、その寄り添う位置を手に入れた途端に、死ぬ瞬間のことを言い争うのもおかしな話だが。息を引き取るその瞬間まで側にいたい気持ちは、二人とも変わらない。本気で言い争っていたわけでも無いから、ふと二人して押し黙り、同時に笑いあった。

「長生きしような」

「目標は百歳?」

「その先は十年刻みで。可能な限り、長生きしよう」

 平均年齢も最高年齢も、どんどん上がってきているこの時代だから。死が二人を分かつその瞬間を、出来る限り先延ばししたい。だから、征士は長い人生を望む。この相棒と過ごす、長い長い人生を。無駄に過ごしてしまった二十年を取り戻すためにも。

 そして、取り戻したいのはもう一つある。志之武の中にある、辛い過去。

 それを、消し去るまでは行かなくとも、塗り替えてしまいたいと願うように、抱きしめたその腕を一本といて、志之武の服を留めるボタンに手を伸ばした。志之武もそれを見下ろして、征士が脱がしやすいように体を離す。そして、片手を征士の手ではなく、同じく服のボタンに伸ばした。

 昔なら、帯一本だったから、それこそ前をはだけてしまうだけで済んでいたけれど。時代が変わって文化が変わって、少し面倒なことになっている。でも、その作業すらも、結構楽しい。

「ベッドに行く?」

「その前に、お風呂。汗かいちゃった」

「一緒に入るか。背中流してやるよ」

「それだけじゃ済まなさそうだね」

「嫌か?」

「のぼせる前に解放してよ?」

「善処する」

 つまり、自信が無いらしい。けれど、それは解放できる自信が無いという意味で、つまり、志之武に夢中だと言い換えられるわけで。

 志之武は、その征士の反応に、半ば諦めたように、けれど半ば嬉しそうに、くすくすと笑っていた。




 サー、と音を立てて流れ落ちるシャワーに打たれながら、志之武はうっとりと目を閉じていた。少し熱いシャワーの細かい水滴が身体に当たって、マッサージされているような心地良さだ。その隣で、征士が先に身体中泡だらけになっている。

 結い上げた髪はそのままだから洗えないけれど、だからこそ髪に邪魔されずにシャワーに打たれることが出来て、実はだいぶ久しぶりに背中が気持ちいいのだ。

 その志之武からシャワーを取り上げることはせず、泡まみれの身体を志之武の背に押し付けた。緩く勃ちあがったモノをわざと臀部の割れ目に押しあてて、泡だらけのスポンジで志之武の胸を軽くこする。

 そうして、シャワーを自分の身体で遮ってから、後ろ手でコックを回して湯の滝を止めた。

 少し腰を揺らして擦り付けてくるそのモノを肌で感じて、志之武は軽く頬を染めた。

 征士からスポンジを取り上げ、自分で腕を洗い出す。スポンジを取り上げられた征士は、今度は自分の手と指先で、志之武の胸に申し訳程度に据えられたピンク色の突起を撫でた。ふるっと志之武が小さく震えるのが、これだけ密着していれば、よくわかる。

「気持ちいい?」

 耳元に囁いて、その耳たぶを緩く噛む。志之武のスポンジを持つ手が止まった。

「愛してる」

 ずっとずっと、探し続けていた。道を歩くときも、乗り物で移動している間も、影すら見逃さないように、ずっと。

 すべては、この手で彼を抱きしめるため。こうして、その肌に触れて、その存在を確かめるため。間違いなく、自分の半身なのだから。諦めることなど、思いつきもしなかった。

 そして今、念願のその肌に、触れている。彼を生かしている心臓の、その真上に、手のひらを当てて。優しく力強い鼓動に、感動すら覚える。

 この気持ちを、何とも動物的な行動でしか示せない自分が、情け無いのだけれど。

「しのさんが、ここにいるんだなぁ」

「……待たせちゃって、ごめんね」

「俺が探しきれなかったのが悪いのさ。その代わり、離れてた分、取り戻すから。覚悟しろよ」

「お手柔らかに」

 答えて、志之武も片手を自分の背に回す。そのまま下へ下ろせば、もうすっかり準備万端の征士の雄の象徴に辿り着いた。自分に押し付けられていたそれを、泡でぬめる手で握り締める。征士の腰が少し引けた隙に、すかさず身体を反転させ、向かい合った。

 顔を上げて征士の目を見上げれば、掬い取るように唇を奪われた。

 志之武のモノも、征士の手が包み込む。そうして、優しく撫でるように擦られるから、志之武もその真似をして。

「しのさん、ダメ」

「ん? どうして? 僕、下手?」

「……じゃなくて。すぐイキそう」

「それは、僕も一緒」

 息が上がるから、自然と囁くように会話をする。その声にすら、煽られる。自然に、手の動きが速くなっていく。自分自身を宥めるように、触っているのは相手のモノなのに、呼吸までほとんど一緒だから。

 空いた方の手でお互いを抱きしめ合い、身体がピタリと重なる。お互いのそのモノまでもピッタリと寄せ合い、征士の手が二本同時に擦り上げる。志之武の手もそこから離れようとはしない。

 仰向いた志之武と彼を確認するように俯いた征士の目が合い、自然に唇が重なった。快感に喘ぐから呼吸も苦しいのに、まるで息までも分け合うように、二人の口付けは終わる様子もなく。

 やがて、志之武が先に口付けから逃げ出し、征士に身体を預けるようにしながら、ビクリと硬直させた。

「……や、あ、あぁ……ん……」

 志之武の気持ち良さそうな声を聞きながら、征士の動きも止まった。腰だけが、ビクビクと跳ねる。

 それから、白い液で汚れた手をそのまま志之武に擦りつける様に、二つの腕でだきしめた。満足そうなため息を吐き出す。

「……あぁ、気持ちよかった」

「ふふ。……僕、腰立たないよ。離さないでね、崩れ落ちちゃうから」

 同じ男同士、同じ行為で同じように達したはずなのに、どうやら志之武の方が快楽に弱いらしい。その志之武を悠々と支えながら、征士は喉で笑った。目元がこれ以上無いほど幸せそうに緩んでいる。

「そんな可愛いこと言うと、今夜は寝かしてやれないぞ」

「……良いけど、せめて床まで連れて行ってよね?」

「リョーカイ」

 シャワーを止めたときと同じように後ろ手でコックを反対方向に回して湯を浴びる。少し冷めたお湯が征士の身体を冷やし、それはすぐに適温に戻った。ほとんど乾いてしまった泡を、二人分丹念に流す。

 ようやく一人で立っていられるようになった志之武が、征士に甲斐甲斐しく奉仕されながら、幸せそうにうっとりと微笑んでいた。





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