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「さて、興奮は冷めた?」

 黙りこんだ二人を、俺は腰に手を当てて見下ろし、見回した。伯父には話してあったけれど、両親にはまだ俺から話していないから、とりあえずその話をしたいんだ。議論はその後。

「親父と母さんに紹介したい人を連れてきた。一生添い遂げるつもりなんだ」

 簡単に言うけどさ。口調が軽いからって軽い気持ちだと思ったら大きな間違いだよ。俺なんか、生まれ変わったその先の未来まで、ずっと添い遂げるつもりなんだから。

 まぁでも。軽い口調だと気持ちも軽いと思い込むのが浅はかな人間というもので。親父は間違いなくこの部類に入る。

 だから、反応も簡単に予想がついた。

「馬鹿なことを言うんじゃない。男同士で、非生産的なことこの上ないだろう」

「……あのさ。誰とも結婚しないことと、相手は男だけど生涯を共にする相手がいるのと、どっちが非生産的?」

 もちろん、どちらも子孫は残せない。けれど、一人で一生過ごす寂しさよりは、二人で生きていく方が良いに決まっている。大体、しのさん以外に俺が好きになる相手なんていないんだからさ。考えるまでもないんだ。

 といって、あっさり認めてもらえるとは思っていないわけなんだが。

「女性と結婚するのが当たり前なんだ。出会いがないというなら見合いでもなんでもすれば良いだろう」

「で、好きでもない相手と結婚しろ、と? 何のために?」

「子孫を残すのは人として生まれた者の義務だ」

「子孫を残すためだけなのか? 結婚って。じゃあ、子供作ったら離婚して良いわけ?」

「馬鹿を言うな。一度結婚したら一生涯添い遂げるのが当たり前だろう」

「いや、だから、一生添い遂げたい相手はここにいるから」

 うーん。すばらしい平行線だ。どうやったら俺と親父の主張がうまく交わるのか、さっぱり掴めないぞ。

「あのな、親父。親父の言うことって、感情が伴わないと思わない? 世間体だけ、常識だけだ。
 見合いして結婚して子供産んで仲睦まじく一生を共に過ごす、なんてことが、他に好きな相手がいる人間に出来ると思ってるわけ?
 親父の固定観念を満足させるために、俺も彼も誰だか知らないけど俺の結婚相手も、三人とも不幸にするって事実に気付けよ。そんなもの、うまくいくわけがない」

「やってもみないうちに決めつけるな。そんな非常識的なことが世の中に通用するわけが無いんだ。男として生まれたからには、女と結婚して子供を作り、家庭を守ることこそが幸せなんだと何故わからない」

「決めつけてるのはどっちさ。
 じゃあ、やってみてやっぱり三人とも不幸になった、って結果になったら、親父は責任持って時間を元に戻してくれるわけ? 悪いけど、俺の想像の方が当たってると思うぞ、自分のことなんだから。
 親父が言ってるのは、当事者無視の理想論なんだ。親だとしても、結局第三者なんだよ。俺が不幸になったって、親父は別にどうってことはないだろう。どうせ俺より先に死ぬんだし、俺に恨まれたって別にどこも痛まない。違うか?
 これは俺の人生だよ。親父が出来るのは助言まで、決定権は俺にある。しかも俺はもう独立してるんだ、何だったら分籍しても構わないぞ。そうしたら赤の他人だ。
 その程度の関係なんだよ、俺と親父は。立場履き違えるな」

 養育の義務と親権を持っている立場なら、確かに子供の将来に意見も出来るし、決定権は親にあるだろう。
 でも、俺はもう二十代も後半。自分の行動に自分で責任を持つ立場だし、法的に見れば拘束力なんてほとんど無いんだよ。

 さすがに、ここまではっきりと親に反抗して見せたのは初めてのことで、親父は目を白黒させていた。よっぽど驚いたらしい。

 かわりに、伯父はなんだか自分の息子のように誇らしげだった。

「ほら、みろ。ちったぁ、自分の息子の意思を尊重するってことを覚えたらどうだ?」

 まったく、この伯父は、どこが頑固親父だよ、ってくらい柔軟な思考回路の持ち主だ。昔の俺でももう少し頭が固かったと思うんだけどな。

 それにしても、仲直りどころか決別してどうすんだろ、俺。見事に買い言葉しちゃったよ。

 困ってしのさんを振り返れば、しのさんは口出しのしようがなかったらしくて、心配そうに俺を見つめているだけだった。まぁ、しょうがないよな。最初から喧嘩腰だし。

 俺がしのさんを振り返ったことで、親父の関心もまたしのさんに移ったらしい。中性的とはいえ、どう見ても男でしかあり得ないしのさんの姿に、再び眉を寄せた。

「あんた。うちの息子をたぶらかしておいて挨拶一つ無いとは何事だ」

「……え。えっと、いえ、あの……」

 どうやら自分に飛び火してくるとは思わなかったらしく、しのさんに似合わないどもりようで、俺ですら驚いたけれど。しのさんは、少し考えてから、素直に謝るという選択をしたらしい。深々と頭を下げた。

「これは、失礼いたしました。私、土屋志之武と申しまして、息子さんと親密にお付き合いさせていただいている者です。お見知りおきいただければ光栄に存じます」

 今度は、親父が目を白黒させる番だった。

 そもそも、しのさんは上流階級に属する人々を相手に商売をしていることもあって、礼儀作法は一通り最上級を心得ている。俺なんかは足元にも及ばないことも多々あって、そういう時は足を引っ張らないように斜め後ろに静かに付き従っているしかなかったりするんだ。

 そのしのさんを相手に、一介のサラリーマン風情が太刀打ちできるとは思えないよ。

「親父がどう思おうと、彼が俺の生涯唯一の妻であることに変わりは無いから。出来ることなら中村家の嫁として認めて欲しいけれど、とにかくそういうことだから、認識はしといて。伯父さんもね」

「おう、それはもちろんだ。他ならぬ征士の嫁だ。大歓迎さ。こんな美人さんなら、それが男だろうと、俺だってふらふらっと……」

「あなたっ」

 他人顔でお茶をすすっていた伯母が、やっぱりしっかり聞いていたらしくて声を荒げ、伯父はびくっと肩をすくめて、おどけて舌を出して見せた。

 その言葉はもちろん冗談だけれど、そんな冗談が出てくるほどには伯父には認めてもらえていると確証があって、俺は少しだけほっとして胸を撫で下ろした。





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