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 何度も足止めをくらいながらようやく顔を出した居間では、現在冷戦に突入中だったらしい。親父と伯父が黙ったままにらみ合っていた。
 伯母も孝太も伯父の背後でハラハラした様子で見守っていて、親父の背後ではおふくろが親父の背中を見守っていた。

 おふくろは、昔から内助の功の鑑みたいな人で、こんな旦那にもかかわらず、夫に全決定権を委ね、守り立ててきた。俺は、おふくろの個人的な意見には賛同できることも多々あるし、嫌いなわけではないけれど、だからといってこういう献身的な女は好きになれないんだ。

 ほら、何しろ、このしのさんに惚れたくらいだからね。女だからといって、精神的にも肉体的にも男に寄りかかってしまうような我のない女は範疇外なんだ。一人でも生きていけるような相手でこそ、その人の欠点を補いたいと思う。

 だからね。俺としのさんは、ベストカップルなんだよ。しのさんって、強いだろう? 精神的にも肉体的にも。それを、俺は信頼してる。
 だからこそ、身を預けてくれるのが嬉しいし、背後はきっちり守ってやりたいと思う。それに、しのさんもまた、一人では背負いきれない重圧を一緒に分け合える俺を、望んでくれたんだ。

 しのさんは、俺のもんだ。心底、そう思うよ。

「征士。来たのか」

「今日来るって言ってあったでしょ、伯父さん」

 ここに顔を出したのが俺であることに驚いたような伯父に、迎えてくれた孝太と伯母は当然のように反応してくれていただけに、今更な反応で、俺は肩をすくめた。

 それから、その伯父と共に、俺を見上げる親父に視線を向ける。

 親父にも、今日来ることはもちろん言ってある。だから、ここに俺が現れることは承知しているはずだ。なのに、伯父と同じように驚いていた。

「征士。お前は何故うちより先にこっちに来るんだ」

「家に誰もいなきゃ、こっちに来るのは当たり前なんじゃない?」

 いや、まぁ。確かに、こっちに先に来たけどさ。だって、実家に先に行ったら伯父の家に顔を出す余裕なくなりそうだったし。

 そんなことより。

 今までは思ってなかったけど。親父って、意外とかわいいかも。兄貴に息子取られたぐらいで拗ねるなよ。息子が兄貴を慕ってんのは自分のせいだろうが。

「で? 何で喧嘩してんの? 二人とも」

 俺のこと、というのはまぁ、そうなのだろうけれど。今更喧嘩をする理由には思い至らなく……ん?

「まさか、しのさんのことか?」

 思い至ったよ、俺。家族に言いふらしていたらしい伯父と、世間体ガチガチの親父と、今更喧嘩なんてする理由は、他にないだろうさ。

 俺が、まるで確信を確かめるように言った一言に、しのさんはびくっと身体を震わせた。

 きっと、自分が男であることを、申し訳ないとか思ってるんだろう。そんなの、運命なんだからしょうがないだろ、って俺は事あるごとに言うんだけど。聞いちゃくれない。けっこう頑固者だ。

 まぁ、しのさんの反応はね、今は良いや。後でとろとろに甘やかして、忘れさせてやろう。

「当然だ。大体、お前もお前だ、征士。何もわざわざそんな、女の腐ったような奴にうつつを抜かすことは無いだろう。だから、お前はまだまだ子供だと言うんだ」

「大輔! 子供はお前だとさっきから散々言っているだろう! 二十年前から変わらん奴だな。征士の方がよっぽど大人だ。少しは世間を見ろ。そんなガチガチの頭でどうするんだ」

 どうやら、俺たちが来る前からこんな調子で押し問答を続けているらしい。母の表情は困ったようで俺を見上げ、伯母と従兄弟は呆れた表情だった。

 っていうか、「女の腐ったような」は、しのさんには言わずもがなだが、世の女性陣にも失礼だろう。
 そもそも、そんな軍国主義時代の将校みたいな台詞を、良く恥ずかしげもなく口に出来るよ。尊敬するね。

「征士の選んだ人なんだぞ。その理由をちゃんと考えろ。征士が一時の気の迷いやなんかで同性愛に走るような可愛いタマか? 息子の幸せぐらい素直に喜んでやれ。それが親ってモンだろう」

 当事者の俺は放って、そのまままた喧嘩に突入する親父と伯父に呆れて肩をすくめ、俺はダイニングの空いている椅子をしのさんに勧めた。いつまでも立っているわけにもいかないしね。

 それを見て、伯母はお茶を汲んできてくれる。甥っ子の恋人とはいえ、客は客。もてなすべき相手だし、今まで失念していたことを誤魔化すように、俺にいたずらっぽい視線を向けてペロリと舌を出した。ホント、お茶目な人だよ。

「大体、征士。お前もお前だ。親にくらいちゃんと報告しておけ」

 おっと。伯父の怒りの矛先がこっちに向いちゃったよ。とはいえ、まぁ、俺に反論の余地といえば、このくらいだ。

「この、親父に?」

「言うだけ言うことくらいできるだろう?」

「聞く耳なんか無いと思うけど。一応、マイノリティの自覚はあるもんで」

「まい……?」

 横文字に疎い下町の工場長。俺の言葉に引っかかって、勢いがそがれたらしい。頭の中を疑問符でいっぱいにして、黙り込んでしまった。うん、作戦成功。

 興奮している人は、まず落ち着かせないとね。話も出来やしない。





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