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 玄関で靴を脱いで板間に上がると、ちょうど居間を逃げ出してきた伯母が顔を見せた。この家にスリッパを履く習慣は無い。綺麗好きの伯母がせっせと家中を掃除して回っているからね。スリッパを履くことは、伯母に失礼だ。

 伯母は、入ってこようとする俺たちに制止するように手を突き出した。早く来いというような態度を取る従兄弟と、入ってくるなと押し留める伯母。何がどうなるとそうなるのか、理解に苦しむ。

「はじめまして。あなたが征士君の恋人さんね。お話は夫から聞いてます。可愛げのない甥っ子ですけれど、どうか末永く宜しくお願いしますね」

 可愛げがない、は余計だよ、と俺がブスくれて言うと、それが子供っぽさを演出したものであることなど昔から重々承知している伯母は、けらけらと豪快に笑うだけだった。

 なんだかね、実家よりもこっちの家の人のほうが俺をわかってくれているというのは、いかがなものかとは確かに思うんだけれどね。

 伯母に頭を下げられて、いえこちらこそ、としのさんも頭を下げ返していた。

 あぁ、そうだ。紹介しなくちゃね。

「しのさん。こちら、俺の伯母さん。さっきのが、従兄弟の孝太だよ。ここは伯父の家でね。ガキの頃は入り浸ってたもう一つの家族だ」

 俺の家族呼ばわりに、伯母は嬉しそうに、あらまぁ、と声を上げ、しのさんは少しほっとした様子で笑った。ガキのころから家にいるのが辛かったようなことをさっき話していたから、心配していたらしい。

 そう。この家がご近所にあったこと。それが、ガキの頃の俺を支えてくれていたのは事実だ。おかげで、家出して路頭に迷うことも無く、ちゃんと成長できた。

 しのさんを支えるのに、経済的、精神的基盤の確立は不可欠でね。俺があやふやな土壌に立ってたら、他の人間まで支えてやるのは不可能だろう? しのさんが不安定なのは昔っからの決定事項なんだから、自分が辛さから逃げ出して立ち位置を失ってしまうのは、ご法度だったんだ。

 しのさんが、自分の境遇に懸命に立ち向かってくれているのはわかっていたから。疑う余地が無かったから。自分ひとり逃げ出すわけにはいかなかったんだ。

 ホント、疑いもしなかった自分は尊敬するよ。実際、しのさんが苦しみをずっと耐えてくれたのは事実だけれど、そうはいっても生まれ変わった別の人間だ。逃げ出している可能性だって無くはなかったのに。

「それでねぇ、征士。ちょっと、あんたの親父さん、止めて頂戴。今、お父さんと喧嘩中なのよ。もう、見てられなくて」

「喧嘩? 何で? 喧嘩するほど仲良く無いじゃん」

 確かに、兄と弟なんだから、兄弟喧嘩くらいはするだろうけれど。親父は伯父のことを煙たがって毛嫌いしているし、伯父も最近では弟に期待するのはやめたらしくて、イライラを俺に愚痴って解消するくらい、兄弟仲は険悪なんだ。

 それが、喧嘩とは。

「何で?」

「あんたのことに決まってるでしょう。二人共通で心配してる相手なんて、他にいないわよ」

「……はい、そうでした」

 否定する材料が皆無で、がっくり肩を落とした。

 いまだに、親父もおふくろも、俺を子供扱いする。子供らしく甘えてやらなかった俺が悪いんだろうけれど、いい加減子離れしてくれ、って思うよ。もう何年も顔すら見せていなかったのに、クリスマスに会ったときは、まったく態度が変わっていなかった。

 伯父は、身体は子供でもとっくに成人男性並の知能と度胸を持ち合わせていた俺に、早々に慣れた人だった。ちったぁガキらしく演じてやりゃあ、お前の両親も安心するぞ、と入れ知恵してくれたのも、この伯父。

 俺を一人前の男と伯父が認めたのは、俺が小学生の頃で。

 うっかり酒を勧めかけたり、タバコを勧めかけたりするくらい、どうやら違和感が無かったらしい。

 もちろん、断ったけどさ。子供の身体には酒もタバコも害になるってのは、江戸の時代から常識だ。

 自分で押し留めていたくせに、早く来い、と手招きして、伯母もまたさっさと先に居間に戻っていく。伯母も孝太も同じ行動なのに、親子だなぁと思い知るわけで。

「ちょっと面倒なことになってるな。しのさん、心配するなよ。適当にあしらっとくから」

「別に、僕のことまで心配すること無いけど。適当に、ってなんか、あんまりな言い草じゃない?」

 実の親でしょう?と言いたげな口調で、俺は苦笑を返すしかなく。

 いや、本当に。よくこの年まで苦労も知らずに生きてきたな、と感心するくらい、取るに足らない人間なんだよ、うちの親父は。人情味に篤い伯父が見放すくらい。





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