参の2




 志之助の方も、実はまんざらでもなく思っていた。自分の気持ちに気づいてしまう前は、何度か冗談めかして誘ってもいたのだ。気づいてしまってからは、今までの自分が恥ずかしくて、冗談でも誘えなくなってしまったが。

 志之助が自分の気持ちに正直になれるのは、相手が、征士郎が自分をどう思っているのかわかってから、だ。相手に嫌な目で見られることほど志之助が恐がることはない。相手が自分にとって大事な人でも、どうでもいい相手でも、自分の本心を打ち明けるのには二の足を踏む。

 だから、征士郎が先にこうして打ち明けてくれなかったら、志之助はいつまでだって征士郎との間に平行線を引き続けていただろう。平行線の引き方は、今までの人生でしっかり会得している。そうしなければ、とっくに精神が病んでしまって、今まで生きてはこられなかっただろうから。

 嫌がるどころか身体を預けてくれた志之助に、紅麟が鈍感だと太鼓判を押した征士郎も、志之助が自分をどう思っているかくらいは何となくわかる。

「いいのか?」

「今ここでは駄目だよ。長屋に戻ってからね」

 そんな言葉で返せるくらいに、志之助の心にも余裕ができたようだ。純粋に育っている征士郎は、耳まで真っ赤になって志之助を強く抱き寄せた。

「二年も一緒にいたのにな。不思議なものだ」

「きっかけって、必要だよね、やっぱり」

 強く抱き締める征士郎の腕に身体を預けて、志之助は征士郎の呟きに答える。このきっかけは、征士郎がくれた。征士郎の背中を押してくれたのは、紅麟である。紅麟が志之助の式神となったのはついさっきで、そもそものきっかけは志之助らしい。ということは、この二人がこの二人だったからこそありえたきっかけだった。二人が、そのつもりもなく、この状況に深く関係していたわけだ。

「……夫婦にならないか?」

「俺、男だよ?」

 くすくすと志之助は楽しそうに笑う。実に幸せそうに。言い出した征士郎もくっくっと笑いだした。よく笑う志之助と違って、征士郎は微笑むことはあっても声に出しては滅多に笑わないから、それだけ楽しく幸せなのだとわかる。

「かまわんよ」

「いいじゃない、言葉にこだわらなくても。一生相棒でいてくれ、じゃ駄目なの?」

「相棒じゃ、拘束力がないだろう。他の男には盗られたくないからな。心変わりしないって保証もない」

「夫婦だって心変わりはあるよ。でも、そうだね、拘束力はある」

「祝言は上げられないけどな」

 落ちもついたところで、軽い口づけを交わす。これで二人の祝言はもうおしまい。見取る者もないまま、暗い庭で二人は一生を誓う。男同士だから、それだけで十分だった。

 ちょうど二人が顔を見合わせ笑いだしたときだった。空から青い光の玉が近づいてくる。庭に散った警護の侍たちが、その光を見つけてそれぞれに叫びに似た声を上げた。確かに、夜中に青い光が飛んでいるのを目撃すれば、恐くもなるだろう。火の玉だって青白い炎で見えるのだから。ここが墓場なら、おそらく彼らは逃げ出している。

 青い光は、志之助の元へ一直線に近づいてきて、目の前で止まった。光の玉は人の背丈ほども大きく膨らみ、そこから青い唐国の王侯が着るような美しい着物を身にまとった青年が現われた。冠をかぶり、少し長めの髪を後ろで一つに結っている。きりっとした端正な顔立ちの、体付きは筋肉質な青年だ。

「蒼龍だね?」

『紅麟が教えましたか?』

「うん、紅麟に教えてもらった。改めて、来てくれてありがとうございます」

『貴方は私達のご主人様です。丁寧語など使う必要はありません。貴方に呼んでいただけて、光栄に思います。ところで、本当に百鬼夜行など起こしてもよろしいのですか?』

 どうやらこの話し方、蒼龍にとっては普通の話し方らしい。自然に私などと言えるところが、それを物語っている。紅麟は一人称をわらわと言った。それを考えると、はじめだから遠慮しているというわけではなさそうだ。

「うん。人には危害を加えないようにして。できれば、関係ない人たちには知られないように。江戸市中に張られた地場を使っちゃうのが目的だから」

 起きてるかなあ、と志之助は征士郎を振り返った。さあ、と征士郎も首を傾げる。百鬼夜行の地場が使われてしまったことに、誰だかわからない敵が気づかなければ、作戦は変更を余儀なくされてしまう。それは、困るのだ。せっかく敵をおびき寄せる罠が用意されているのに、みすみす機会を逃すわけにはいかない。

『見てきましょうか?』

「いや、いいよ。鳳佳を待とう。ちょうどそこへ行っているはずだから、戻ってきたら聞けばいい。焦ることはないよ」

 一つも一緒に行かせれば良かったね、と志之助は征士郎を見上げた。さて、と征士郎は軽く首を傾げて返す。志之助が立てる作戦は、一見完璧のように見えて、粗だらけなのだ。行き当たりばったりで行動している。それを知っているから、征士郎は答えるのを避けていた。志之助の場合は、行き当たりばったりだからこそ成功する確率が高いのだ。考えに考え抜いた作戦では、おそらく失敗する。志之助はそうは見えないが悲観主義者なのである。悲観的な考え方は、思考を泥沼化させ、出口をなくしてしまうのだ。

 しばらくは仕事がないらしいとわかった蒼龍が、紅麟の相手をしてくると告げて、部屋の中へ入っていく。再び二人きりになった志之助と征士郎は、顔を見合わせて、くすくすと笑いだした。何がおかしいわけでもない。ただ幸せで笑ったらしい。

 ふいに、志之助が征士郎を見つめて首を傾げる。

「もしかして、この二年間女遊びもしなかったのは、俺に義理立ててたから?」

 志之助と出会う前は、岡場所に出入りしたり泊めてくれた未亡人と関係を持ったりと、なかなか派手な生活をしていた征士郎だ。それが、志之助と旅をするようになって、ぱったりと途絶えている。志之助ほどの年になれば性欲に淡泊でも不思議はないが、征士郎は出会った当時まだ二十三才だったのだ。気持ちと身体は別物な年令である。だから、志之助も少しは心配していたのだ。ところが、征士郎はいいや、と首を振った。

「ただ単に、興味がなくなっただけだ。白状すると、しのさんを肴にしたことは何度かある。隣で寝ているしのさんを起こさないように苦労したものだ。一時は自分の異常に悩んだものだが、いつのまにか忘れたな」

「全然気づかなかった。自分の勘には自信があったんだけどなあ」

「気づかれないようにしていたのだ、気づかれたら困る」

 もっともなことをもっともらしく言って、征士郎はさすがに何だか恥ずかしくなったらしく、外方を向いてしまった。志之助は志之助で、ケタケタと楽しそうに笑っていた。

「いつまでも笑っていると、押し倒してしまうぞ」

「あん。ここでは駄目だってば」

『何してんだよ、あんたたちは』

 志之助を押し倒す形でじゃれていた二人の頭上から、突然幼い男の子らしい声が聞こえてくる。人の気配はまったくなかったところに突然声がして、征士郎はばっと飛び起きた。法衣が少しはだけてしまっている志之助が、ゆったりと身体を起こしてそれを直す。

 二人の目の前には、呆れた顔をした少年と驚いて声も出ない若い男が立っている。商人風の格好をした男は、おそらく近江屋の大旦那だろう。少年はやはり唐国の王侯風の、美しく刺繍の施された金の着物を着て、小さな冠を頭に乗せている。年の頃は紅麟とそう変わらないくらいだろう。金の鳳凰、鳳佳のようだ。

『お帰りなさい、鳳佳。せいさん、蒼龍を呼んできてもらえる?』

 おう、と答え、征士郎が部屋の中へ入っていく。見送って、志之助は鳳佳に向き直った。

「向こうはみんな起きてた?」

『いや、寝静まっていた。おかげでこの男をひっぱりだすのも楽だったぞ』

「ああ、じゃあ、起こさなきゃいけないね。どうしよう。火事でも起こそうかな」

 ふーむ、と一瞬考え込んだ志之助は、そこにわけがわからないというように立っている近江屋に気がついて、にっこりと微笑みかけた。
 
「お菊ちゃんに頼まれましてね。ここは危険ですから、お菊ちゃんの所にお届けします。葵、右翼と左翼を呼んできて」

 征士郎と会う前から持っていた、植物の名前がついた式神たちは、呪文なしで呼び出すことも命じることもできる。実は、こんなことは普通の陰陽師にはできないのだ。型破りな力を持つ志之助だからこそ、できる技だった。右翼と左翼は一つの次に力のある天狗たちで、前、後、一つとあわせて五匹で残りの五十三匹を支えていた。

 通常、一人の陰陽師が常に持てる式神の数は二、三である。記録によると、平安時代の天才陰陽師、安倍晴明が持った十二神が最多であるといわれる。志之助は、天狗だけで五十八匹。これを一つと数えても、今夜契約した神獣たちをあわせて十神。とんでもない数だ。

 ところで、志之助は葵を天狗たちの元へ使いに出すと、また腕を組んで考え込みはじめる。

「小火を起こすのが一番なんだけどなあ。炎使い、手持ちにいないし……」

『僕がいるだろ』

 そう言ったのは、縁側に座った志之助と目線が同じ、鳳佳だった。堂々と胸を張る。驚いたように、志之助は目を見張った。征士郎に呼ばれて戻ってきたらしい、蒼龍が志之助の背後で笑いだす。

『鳳佳。志之助はまだ、私達の能力を知っていないのですよ。主人をいじめてはいけません』

『僕はまだ、主人だなんて認めた覚えはないよ。試してみてるだけさ。まさか、もう膝を折ったのかい、蒼龍』

『紅麟が懐いた時点で、合格ですよ。私は、志之助を私の主人と仰ぎます。さて、一通り言っておかなければなりませんね、志之助。紅麟は風を、鳳佳は炎を、私は大地を扱います。式の力は活かすも殺すも主人の裁量次第。貴方の自由に私達をお使いください』

 志之助を挟んで鳳佳に軽い説教をした蒼龍が、志之助のそばに膝を折ってみせる。先ほど志之助が契約した彼らの能力を聞いて、人間たちはしばらくどう反応したら良いか思案に暮れていたが、まず征士郎ががしがしと頭を掻いた。

「地水火風、揃ったな、しのさん」

「……そうみたいだね」

 水はすでに持っている。おや、という顔をして、蒼龍が征士郎を振り返った。鳳佳もこれには驚いたらしい。そもそも、四大元素の力を持つ生物は神獣だけであり、その中でも高位の力を持っているものだけなのだ。水の力を持つものを式神としてすでに持っていたということは、それだけの力があるという証しでもある。

 式神になるものは基本的に霊体である。神獣も確固たる肉体は持っていない。この霊体にも、順位は存在した。下は植物霊からはじまり、動物、妖怪、神獣となり、最高は神仏である。人間ごときが式神として操れるのは、下位神仏までだった。下位神仏にまでなると、役行者や弘法大師などといったそうそうたる顔触れになる。神獣の中でも高位のものを式神に持つということは、こういった名だたる顔触れに近い存在であるということを意味するのだ。





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