中村家の嫁 1
しのさんと暮らし始めて初めての正月。
俺はしのさんと二人、電車に揺られていた。
初詣客もちらほら程度に落ち着いた正月三日。大晦日から元旦にかけては京都で次期様としての行事参加強行軍で、昨日は職場の挨拶回り。ようやく落ち着いたのが、今日だった。
喫茶店はまた明日からオープンだし、タイミングとしては今日しかなかったわけで。
「本当に、話しちゃって良いの?」
まだ不安そうにそう言うのは、俺の隣に立っている美人。身長の低いしのさんは、遠目から見ればきっと、完璧に女性に見えるに違いない。長い髪を、今日はおろしたままにしているから、余計に。
目的地は、俺の実家だ。
生まれた場所こそ川崎だけれど、俺がまだ子供だった頃に父が家を新築し、以来ずっと南千住育ち。川崎にいたのは、まだしのさんとも出会う前のことだから、まったく記憶に無い。
本当は、もう何年かは秘密にしておくつもりだった。俺としのさんの仲なら、疑うことも無いのだけれど。しのさんの立場も俺の立場も、まだ微妙だからね。落ち着くまでは、両親に話すつもりは無かったんだ。
予定が狂ったのは、去年のクリスマス。俺に内緒でね、しのさんが俺の両親を喫茶店に呼んでたんだよ。
結局、その日は適当なことを言って帰ってもらったけれど。そのときに、正月にでも顔を出すから、と言質を取らされたわけで。
仕方が無いんだけれどね。しのさんほど家族に恵まれない人のそばに、自分から家族を突き放した俺がいれば、気になってしまうのは簡単に予想がつくことなんだ。
「良いんだ、って。俺の気持ちは変わらないんだ。だったら、今言おうが十年後に言おうが、結果は同じだろう?」
「そりゃあ、そうだけど」
最初のきっかけは自分でセッティングしたくせに、いまだに渋っているしのさんに、俺は苦笑を隠せなかった。
そういや、大昔も同じようなことで渋ってたなぁ。何だっけ?
「せいさんって、ご両親と仲悪いの?」
「別にそんなことは無いだろう。ただ、親とは思えないだけだよ。確かに、あの二人が夫婦になって子供を作ったからこそ、俺は生まれてくることが出来てしのさんのそばにこうしているわけだけど、俺にとっちゃ他人でしかない。大人の意識を持ったまま成長すりゃあなぁ。子供らしくしろって方が無理だろ」
「? よくわからないけど。それでも、今生のご両親でしょう?」
「おう。だから、家族愛はあるぞ。
そのかわり、だからこそ、子供らしい子供を望む親が鬱陶しくてなぁ。俺はとっくに大人なんだ、って幼稚園生が言っても説得力無いだろ。
しのさんみたいな特別な家庭環境なら、大人びた子供もありだろうけど、俺は普通のサラリーマンの普通の家庭の普通の子供だし。大人びるだけの要因がねぇ。
小学校に上がって剣道やりてぇって珍しくおねだりして見せた時に異様に喜ばれて悟ったさ。子供を演じてないとこの両親は不安がるんだってな」
あぁ、あれだ。宗像先生に初めてしのさんを紹介した時だ。
ホント、これだけ性格が違ってるってのに、些細な反応がまったく同じってのは、それはそれで驚きだよなぁ。おかげで、あぁ、しのさんだ、って再認識するけど。
「子供を演じる……」
俺はとっくに割り切ったことだったから普通に説明したんだが、しのさんはその言葉に戸惑ったらしい。眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
まぁ、俺自身、悟るまでは紆余曲折あったからなぁ。無理も無い。
こうして悩んでしまったら、俺が口を出してもあまり効果は無い。ので、俺は放っておくことにした。
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