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 道場では、昌親さんがいつものように、門下生の指導に当たっていた。

 昌親さんは、俺より十歳年上で、今28歳。智子さんという婚約者がいて、将来はこの道場を引き継ぐのだろうから、順風満帆な人生を歩んでいる。それはそれで、気苦労もあるんだろうけれど、まぁ、精神的に余裕がある分、頼れる兄貴分だよ。

 その昌親さんは、俺が戻ったことで少し驚いたようだった。

「征士? どうした?」

 なにしろ、小学生のときからお世話になっているお兄ちゃんだから、彼は俺を名前で呼ぶ。親しみをこめて。

 俺は、道場の上座に腰を下ろしている彼の斜め後ろに腰を下ろした。

「昌親さん。ちょっと相談があるんですけど」

「ここでできる話か?」

「反対に、ここなら周りに聞かれなくて良いかなって」

「うん、まぁ、そうだな。何?」

 この人、一人っ子のせいなのか、俺を弟のように見てくれる。込み入った話も特に嫌がらないし、それどころか、相談を受けるのが楽しそうに思えるんだ。勝太郎兄と接しているような錯覚も覚えるくらい、この人とはしっくり来る。

 前世からの因縁は記憶にないから、今世からの縁なのだろう。幅が広がって、ありがたいと思う。

 とにかく、せっかくの縁だから、俺はそれを大事にさせてもらっているわけで。

「霊剣術、って知ってます?」

「霊剣術? あぁ、なんか、聞き覚えがあるな。何だっけ?」

 やっぱり、正親さんに聞きに来て正解だった。すぐにとぼけないって事は、まだ口止めされてないって事だから。それに、聞き覚えがあるというなら、もしかしたら、思い出してもらえるかもしれない。

「さっき、師匠がお客さんと話してるのを耳にしたんですよ。俺には内緒にするとか、日の当たらない道とか言ってました」

「日の当たらない? ……あぁ、あれか。ショウアンがやってるやつだ」

 はい? ショウアン、ですか?

「何だよ、その驚いた顔。橘松安っていってさ、俺の幼馴染なんだけど。昔この道場で一緒に修業しててな。ところが、大学で運命の人に会ったとかで、その人を助けるために、霊剣術の道に進んだんだよ。今じゃ、第一人者だって」

 だから、うちの親父は霊剣術を嫌っててさぁ、とボヤキが続く。

 俺は、その話に軽く衝撃を受けていた。だって、松安って、それって。

 松安先生?

「霊剣術ってのはさ、聞いた話によると、陰陽師の補佐をする剣客のことらしいんだよ。剣に霊の力をこめる、って言ったかな? 松安の話の聞きかじりだけど……、って、おい、征士。聞いてるか?」

「聞いてます。昌親さん。その、松安さんの連絡先、わかります?」

 連絡先? そう、昌親さんは怪訝な顔で問い返してきた。
 それは、確かにそうかもしれない。ついさっきまで霊剣術の「れ」の字も知らなかった俺が、突然連絡先を知りたがれば、その理由を疑うのは当然のことだ。

 そして、俺はそれに、ちゃんと答えを返せる。この人には、前世の話も、探している恋人の話も、ちゃんとしてあるんだ。まぁ、御伽噺だと思われてはいるだろうけれど。

「俺が前世の恋人探してるの、知ってますよね?」

「あぁ、あの話? なんだ、まだ探してるのか。一途だなぁ、お前」

「当たり前です。運命の相手なんだから。でね、その人、たぶん今、陰陽師やってるはずなんですよ。やってなくても、何かしらそれに関わってるはずなんです。だから、そっちの世界に縁ができるなら、俺から近づいていきたい」

 この話だけは、俺はいつになく真剣に話すから、もしかしたら真剣には信じていないのかもしれないけれど、昌親さんは俺に圧倒されてしまうのか、いつもちゃんと最後まで聞いてくれる。両親にはこんな突拍子もないことは話せないけれど、昔から遊び相手をしてくれていたこの人には、包み隠さないで話したいんだ。

 今回も、昌親さんはただ黙って、俺が興奮してしゃべる話を聞いてくれていた。

「それに、松安さんって、俺、たぶん知ってる人なんです。昔も結構深い縁があって、親しくさせていただいていた人の名前が、松安って言うんですよ。珍しい名前だから、たぶん、間違いない。
 だから、もしかしたら、そっちの縁を辿っていけば、恋人にたどり着くんじゃないかって、思うんです」

 そう。それがもし、本当に松安先生なら。しのさんにつながる道の、道しるべのはずなんだ。俺と松安先生にこうして縁があったのだから、しのさんにも松安先生につながる何かしらの縁があると思う。そう、信じたい。

 俺は、普段は人生を達観してしまって、老成しているように振舞ってしまうから、こうして歳相応に興奮して語ると、人の心をなおさら動かすらしい。しばらく考えていた昌親さんは、それから、ふぅ、とため息をついた。

「わかった。連絡先を教えてやるよ。その代わり、お前、インターハイではちゃんと優勝しろよ。手を抜くな。
 それから、土御門からのスカウトには応じるんじゃないぞ。松安が言ってたんだから、間違いない。スカウトに応じると、最下層に入れられてしまうから、松安まで道が遠くなる。それより、あいつに直に会った方が良い。なんだったら、紹介するぞ?」

「それは……考えさせてください。あまり、恋人を探していることを、前面には出したくないんです。まだ、家族にも何も話していないし」

 何しろ、俺にとっても青天の霹靂で、うまく頭の整理がついていなかったから。落ち着いて計画を練らなくちゃ、と思ったんだ。

 そうか、と頷いて、昌親さんは俺を気遣うように微笑んだ。俺も、その笑みに心を落ち着けられて、深く頭を下げる。

 道場を出て渡り廊下に出れば、夕闇迫る夏空の下、ヒグラシが鳴いていた。

 もともと、インターハイに出場して優勝することで、しのさんに見つけてもらえるかも、って淡い期待があってね。今でもそれは、心の片隅に思ってる。

 でも、きっと今頃、すごく苦労しているんだろう。昔みたいに、身体を売りながら生活しているのかもしれない。だとしたら、剣道なんてマイナーなスポーツのインハイ結果なんて、しのさんの目には触れないだろう。だから、本当にめちゃくちゃ、淡い期待。ほとんど諦めてる。

 他の道を、模索していかなくちゃいけないんだ。だって、早く助けてあげたい。今陥っているだろう地獄から。それはもう、きっとしのさんが抱えてしまった太古からの因縁だから、どうしようもないから。

 早く会いたい、助けたい、って思う気持ちが、俺をとても焦らせている。こうして、繋がるかどうかもわからない細い糸を、すがりつく思いで手繰り寄せてしまうくらいに。

 どうか、この糸がしのさんに繋がっていますように。俺がこの糸を辿って進む道に、しのさんの道が合流してくれますように。

 俺には、願い祈ることしかできなくて。一心に祈る。心の底から。



 絶対に、たどり着いて見せるから。

 お願い、しのさん。

 待っていて。



 俺の今までの人生で唯一の祈りは、高く高く抜けた空に、吸い込まれていく。

 きっと今頃、俺と同じ空を見上げている、しのさんに届くように。





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