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せっかくお客さんが集まっているのに申し訳ないから、と、志之武は緊急の仕事を往復時間合わせて一時間半で片付け、自らが経営する喫茶店に普段着のままで急行した。
緊急の仕事では仕方がない、と客人たちだけで宴会を始めていたところへの途中参加は、普段着であっても大歓迎を受け、盛況のまま夕刻になって幕を閉じた。
その夜。
喫茶店がテナントとして入っているビルの最上階にある二人の愛の巣で、二人きりの至福の時を過ごす。
北の通路側向きの格子窓がつくベッドルームには、大きなダブルベッドが置かれていて、それ以外に物がない。必要な小物類は全て、ウォークインクローゼットの中だ。二人の生活には、これだけで良い。
そもそも、喧嘩しようにも喧嘩にならない二人にとって、別々の寝床を必要としなかった。ダブルベッドは広々としていて、離れて眠れば互いの体温すら感じることはなかったから。
今現在は、二人ともぴたりと寄り添い、肌を合わせ、まどろんでいる。
「なぁ、しのさん」
「ん?」
「……今日のこと、怒ってる?」
本来、二人で決めるべき結婚式を、嫌がる志之武は放っておいて、征士が独断で決めてしまっていたから、それを少しは気にしているのだろう。
終わってしまってから、改めて尋ねられて、一瞬答えに詰まった志之武が、それから肩をすくめる。
「怒ってはいないよ。ただ、恥ずかしい」
「どうして? 夫婦だもの、当然のことだと思うけど」
「うん。それでもね。何か、恥ずかしい。ステキな旦那様を自慢したい反面、男なのに女装が似合っちゃう自分が嫌、っていうか。なんか、自分が見世物になった気分」
見世物、と聞いて、ようやく征士は志之武が嫌がっていた理由を理解したのだろう。そうか、と呟き、天井を見上げる。
一方、志之武はさらに言葉を続けた。
「でもね。今日は、やって良かったかも、って思ったよ」
「ん?」
「せいさんが、自慢したい、って言ってくれたからね」
その一言がなかったら、今でも拗ねていたかもしれない。そう、志之武は自分を分析してみせる。そして、恋人の逞しい肩に額を寄せた。
「僕もね、せいさんのこと、いろんな人に自慢したい。だから、せいさんにそう言ってもらえて、あぁ、そうなんだなぁ、って思った」
「俺を、自慢したい?」
「うん。だから、今はただ、ちょっと恥ずかしいだけ」
それが、志之武の説明の全てで。何ともいじらしいことを言ってくれる恋人に、征士は嬉しそうに笑い、その華奢な身体を抱きしめた。
「なぁ、しのさん」
先ほどと同じ台詞回しなのに、なぜかそこにからかいのニュアンスを感じて、志之武はピクリと身体を強張らせる。警戒するように見返して。
「な、なに?」
「わかってる? 今夜が、俺たちの初夜」
「今まで散々しておいて、何を言い出すかと思えば」
志之武の呆れた声に、まったくめげない征士はそのまま身体を起こして志之武の身体を組み敷いた。
「そういうわけで、手加減しないから。覚悟するように」
「……ほんと、せいさんってムッツリスケベ」
「誉めてる?」
「誉めてない」
「イヤなの?」
「……そうでもない」
慣れたっていうか、なんていうか、と口の中で言い訳をする志之武に、征士はクックッと笑い出し、そっとその首筋にやわらかく噛み付いて。
「嬉しいなら素直にそう言いなさい」
「それもどうかなぁ……っ。あんっ」
「気持ち良いくせに」
「もうっ。せいさんのイジワル」
快感に息を弾ませながらの抗議が可愛くて、拗ねて見せられているというのに、征士は嬉しそうに笑う。
二人の関係は、いつの時代でも同じよう。片方が求めれば、余程のことがない限り、もう片方もそれに付き合ってくれるし、一度はじめてしまえば、二人ともなし崩しに夢中で求め合う。
いつだって、対等の立場だった。守り合い、求め合い、支え合い。初めて出会ってから今までずっと。そして、これからも。
「しのさん」
「んふっ……。ぅん?」
「ずっと、一緒だからな?」
「うんっ。……はぁんっ」
頷いているのか、感じているだけなのか、さっぱりわからないのだが。征士は満足そうにふふっと笑うのだった。
おわり
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