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 新婦である志之武が、お色直しのため、麟子に半ば引きずられて更衣室に入っていく。羽織袴の着こなしなど板についたものである征士は、あっという間にタキシードに着替えて待合室にいた。

 待合室では、戻ってきた征士を将門と松安が揃って出迎えた。前世にはなかった取り合わせに、征士は一瞬立ち止まり、思わず感動してしまう。

『どうした? 征士よ』

 何故立ち止まってしまったのかわかっていない将門が、まるで生きている人間のようにソファに座ってこちらを見上げている。隣の松安も、不思議そうな顔を見せている。

 二人揃ってわかっていないので、征士は黙って首を振った。

「何だよ、征士。気味が悪いな」

「別に。何でもありませんよ」

 特に説明する義務もない。それに、これはきっと、説明してしまうと面白くない。

「それより。将門様、ご満足いただけましたか?」

『うむ。良きものを見せてもろうた。これで、心置きなく成仏できるぞ』

「あれ? 成仏なさるんですか?」

『ほほっ。さてのぅ』

 自分で言っておきながら、将門は実に楽しそうに笑った。これだけ笑える人が、それでも成仏しないのは、何故なのか。もう300年近い不思議の一つだ。

『志之武はまだかの?』

「どうですかね? ドレスは初体験ですから」

『ほう。どれす、とな?』

 まだカタカナ語にはなれない将門が、舌を噛みそうになりながら問い返し、征士はそんな将門に笑う。

 隣で二人の会話を聞いている松安は、なぜかこの場だけ時代が昔にさかのぼっていることについていけず、ただ苦笑して見守るのみだ。

 ふと、将門は突然真面目な顔をし、征士を見つめた。

『丁度良い機会じゃ。一つ、質問に答えよ』

「はい。なんでしょう?」

『そなた、志之助と志之武を、どう思うておるのじゃ』

 え?

 それは、征士も思ってもいなかった問いで、思わず問い返す。

 松安も、きっと聞いてみたかったのだろう。そっぽを向いていた視線を、征士に戻してくる。

 なにしろ、再会した時は志之助と志之武の存在がダブっているように見えたのに、いつの間にか志之武を志之武として見ているのだ。どこで切り替わったのか、見た目にはわからなかった。

「どう、って……?」

『志之武は、弱かろう? 志之助と違うて』

 こんなことは、志之武の前では聞けぬからな、とぼやくように言い訳して、将門は征士に返答を求める。

 征士はというと、将門の物言いに、一瞬きょとんとした表情を見せ、それから笑ってのけた。

「いやですよ、将門様。あのしのさん……志之武が、弱いように見えますか?」

『志之助と比べて、じゃ。今時参拝に来る若者どもに比べれば、余程強いことはわかっておる』

「いえいえ。志之助と比べても、ですよ。志之助は、虚勢をはることで自らを立たせていたところがありますから、見た目に反して脆かったんです。
 志之武は、志之助というベースに、現代っ子の強さと弱さと冷たさと現代哲学の力をプラスしてますからね。そばにいて、あの頃よりずっと安心です。
 唯一あるとすれば、実父に対する畏怖心くらいじゃないですか?」

 驚いた表情でこちらを見ている将門と松安に、征士は苦笑を見せ、だから、と続ける。

「志之助と志之武、どちらが好きかといえば、甲乙付けがたいので何とも言えませんが、ただ、志之助は支えてやりたいと思っていたけれど、志之武とは共に生きたいと思います。一方的に寄りかかるのでなく、お互い自らの足で立ちながら、時に支えあって。
 しのさんが俺を必要としてくれているのと同じに、俺もしのさんを必要としているんです。彼がそばにいてくれるから、俺も生きていけると思う」

『共に、か』

「えぇ、共に。しのさんには内緒ですよ。恥ずかしいから」

 口元に人差し指を立て、不器用にウインクしてみせる。それから、おもむろに立ち上がり、待合室のドアを開けた。

 そこに、純白のドレス姿の志之武と、付き添った麟子の姿があって、ただ立ち尽くしていた。志之武にいたっては、少し頬を染めて。

 それにしても、ノックもされずに気配だけで察知してしまうとは。さすが剣道家というべきか。

「ごめん。入り辛かったでしょ」

「……恥ずかしいこと、よくそんな堂々と言えるよね」

「本当のことだし? イヤ?」

「よくわかってもらえてて嬉しい限りだけどさ」

 内緒だといったそばからバレていて、しかし、征士はまったく動じない。ただ、少しは決まり悪そうに肩をすくめてみせるくらいで。

 そして、改めて志之武の姿をつま先から頭の先まで舐めるように眺め、にこりと笑ってみせる。

「うん。似合う」

「似合わなくて良いよ」

「今時、男だって美人なのは良いことだよ?」

「昔からこの女顔に悩まされてきた僕には、説得力皆無」

「俺が、惚れ直したって言っても?」

「せいさん、僕の顔に惚れたの?」

「うぅん。必要な時には誰に対してもきっぱり啖呵切れるその性格」

「じゃ、無意味」

 確かに。志之武にやり込められて、苦笑と共に頷いた。頷いて、でもね、とさらに言い募る。

「それでも、美人なのは嬉しいよ。俺の自慢の恋人だもの。誰に対しても自慢したい」

「そう? じゃあ、女顔に生まれて来て良かったね」

 どうやら、自慢の一言が良かったらしい。志之武の機嫌がすっかり直って、ようやく志之武も嬉しそうに笑った。

 と、付き添ってきていたはずの麟子が、いつの間にいなくなって戻ってきたのか、少し慌てた表情で二人の間に顔を突っ込んだ。

「志之武君、ごめんね。せっかくドレス着てもらったのに申し訳ないんだけど。至急のお仕事」

 どうやら、携帯電話で呼び出されてしまったらしい。便利なようで不便な世の中になったものだ。呆れた顔で松安が突っ込みを入れる。

「……今日はさすがに主役は休みだろ? おりん」

「失敗した呪詛払いのフォローは、この子達にしか出来ないのよ」

 なにしろ、能力の高い陰陽師が集まる土御門本家でも、志之武の代わりを務められる能力者は今のところ皆無と言ってよかった。後進を育てようにも、志之武の力は前世から引き継いで生まれ持ったもので、それ以上に常に忙しく働きまわっているせいもあり、教育まで手が回らないのが現状なのだ。

 あぁあ、と残念そうに征士はため息をつき、本当は女装を嫌がっていた志之武は嬉々として更衣室へ戻っていく。

 人間たちのそんなやり取りを、将門だけがのほほんと茶を啜りながら眺めていた。

 改めて聞いた、征士の胸の内を反芻し、満足そうに微笑みながら。





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