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 店に入ったときにはまだ夏の風が暑かったのだが、いつの間に日が暮れたのか、夕方のいくらか気温の下がった風が凪いでいる。

 征士は、片手に買った荷物、片手に志之武の手を引いて、新宿御苑へと足を向けた。ぺたぺたと足音を立ててついてくるその音が、元気がなくて振り返ると、どうやら店の人だかりに酔ってしまっていたらしく、小さな志之武が疲れた様子でそれでも懸命についてきていた。

「疲れたか?」

「うん」

 本当に心底疲れたような表情で力なく頷くのに、征士はようやく立ち止まる。それから、志之武の前にしゃがみこむと、背中を向けた。

「おぶさりな」

「でも……」

「今のしのさんくらいなら、どうってことないよ。ほら、おいで」

 今は三歳児なのに、先ほどはいつもは恥ずかしがって言えない台詞も平気で言っていたのに、そうやって遠慮してみせるから、征士はまた辛そうに眉をひそめた。それから、志之武を迎えるように後ろ向きに差し出していた手を、ひらひらと動かして見せる。

 それに誘われて、志之武はおずおずと手を差し出した。背中にペタンと張り付いて、途端に背負いあげられる。

 再び歩き出して、征士は志之武だけに聞こえるように、小さな声で話し出した。

「なぁ、しのさん」

「ん? ……なぁに?」

「その姿になってまで、我慢しなくていいんだぞ?」

 え? 言っている意味がわからなくて、志之武は不思議そうに聞き返した。掴まっている肩によじ登って、征士の顔を覗き込む。征士は、ふっと笑った。

「しのさんは、我慢しすぎだよ。いつも言ってるだろ? 俺には遠慮しなくて良いんだって。円滑な人間関係を築くには、少しは遠慮も必要かもしれないけど、時と場合と相手によるだろ? 昔は、ほとんど遠慮なんてしてなかったんだし、そんなしのさんも知ってるんだから、俺には遠慮する必要、ないじゃん。だろ?」

「でもぉ」

 とっさに否定の接続詞が口をついて、志之武は考え込んでしまった。次に続ける言葉が見つからないらしい。そこに、征士はさらに言い募る。

「俺は、もっとしのさんにわがままを言って欲しいし、しのさんの望むことなら何でも叶えてあげたいと思ってる。しのさんだって、俺のことを最優先に考えてくれてるだろ? それと同じだよ。俺も、しのさんのことが最優先なんだ。俺のことより、家族のことより。だから、もっと俺に寄りかかって。俺を頼って。困らせても良いんだから。昔は、俺が困った顔見て楽しんでたじゃん。それで良いんだから」

 誰がどう聞いても、それではただの性格が悪い奴なのだが、そんな風に言われて、志之武は征士にしがみついた。ぽろぽろと大粒の涙を流して、泣き出してしまう。それでもまだ押し殺した泣き方をするので、尻を支えた手でポンポンと優しく叩いてやった。

「泣くならちゃんと泣け。窒息するぞ」

「ふぇ〜ん」

 言われた途端、それ以上は耐え切れなかったらしい。子供っぽい泣き方で、志之武は声を上げて泣き出してしまった。征士の肩口に顔をうずめて、泣き声がこもる。征士の薄手のTシャツが涙で濡れた。
 まるで夕立に降られたようにぐっしょりとしてしまうのに、それが何だか嬉しくて、志之武をあやしながら征士はでれっと顔を崩した。

 たどり着いた新宿御苑で、やっと見つけたベンチに腰を下ろし、征士はいつの間にか泣き止んでいた志之武を前に抱える。手に持っていた二つの袋はそのまま隣に置いた。

「落ち着いたか?」

「うん。ごめんなさぁい。シャツぐちょぐちょになっちゃった」

「あぁ、良いよ。夏だから、すぐ乾く」

 ホントに?と覗き込んでくるつぶらな瞳が、殺人的に可愛い。そして、それが恋人のものであると自覚している征士は、その衝動をこらえることなく、志之武をギュウッと抱きしめた。

「くるしいよぉ。せぇさぁん」

「お前、何でそんなに可愛いんだよ。俺に襲われるぞ」

「いいも〜ん。ぼくはせぇさんのものだも〜ん」

 取り繕いのない征士の賛辞に、志之武は嬉しそうに目の前の首筋にかじりつき、きゃははっと笑った。泣いた子がもう笑っている。このあたりの切り替えの速さは、さすが幼児だ。直球の返答に、征士も苦笑を押し隠せない。抱きついている志之武に、ちゅっとキスをする。

「うちに帰ろうか」

「うんっ」

 すっかりご機嫌の戻った志之武が、元気に答えて、征士の膝から飛び降りる。それから、征士の隣に置いてある荷物を持つと、征士に両手を差し出した。

「せぇさん。おんぶ」

「はいはい」

 先ほど征士に言われたことを、早速実践しているらしい。子供なら当たり前のわがままを、少し不安そうに言ってみる志之武に、征士は少しだけ嬉しくなって笑った。





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