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とりあえず、最寄り駅である御茶ノ水まで出て、どこへ行こうかと考える。何しろ、連れているのは三歳児だ。あまり人の多いところには連れて行きたくない。迷子になられても、本性が大人であるだけに、困りものである。
と、手を引かれてなにやら物珍しげにきょろきょろと周りを見ていた志之武が、急に征士の手を引っ張った。
「あのね。紙ナプキンとぉ、コーヒーフィルターとぉ、マドラー、買わなくちゃいけないの。ハンズ、いこ?」
「……しのさん。一体、どこまで三歳児なんだ?」
「うんとね。うんとね。ちっちゃいのと、ちゃんとしゃべれないの。そんだけだよ」
そうか。なんとなく、納得してしまう征士である。なにしろ、行動は三歳児なくせに、言動がいつもの志之武なのだ。
一体どう扱ってよいものやら、困っていたのだが、ならば、普段どおりで良いのだろう。ただし、ここまで小さいと、連れ歩くのにも気を使わなければならないが。
「じゃ、新宿行くか」
行き先を決めて、志之武を抱き上げ、征士はようやく券売機へ向かった。
新宿までの値段を確認して、いつものように二倍の金額を投入口に入れたところで、征士のパネルに伸ばした手が止まった。志之武が、すかさず突っ込んでくる。
「ぼく、子供料金もいらないよ」
「だよなぁ」
これだけちゃんとしゃべれる三歳児などそうはいないだろうが、とはいえ、外見は間違いなく三歳児なのだ。公共の交通機関で子供料金が取られるのは、小学生からなのだから、ここは大人一人の料金で良い。
「うーん。経済的だ」
「けーざいてきだぁ」
どうやら真似をしたらしい。そう繰り返して、けらけらと志之武が笑い出した。
電車の中でも、征士は特に奇異な目を向けられることもなく、それよりも好意的な視線とありがたい心遣いを受けた。小さな子供を抱きかかえていたおかげで、そこに座っていた大学生風の女性に席を譲られたのだ。
大丈夫だと断ったのだが、ここは優先席だから、と押し切られた。彼女も新宿行きだったらしく、揃って電車を降りてから、お互いに礼の応酬をして別れた。
新宿の南口を出て、まず征士が向かった先は、志之武のリクエストにもあった、東急ハンズである。喫茶店に必要な消耗品を購入に来たのだ。
客の入りも多くなく、売り上げもとんとんな二人の店は、名前入りの消耗品など用意する余裕もなく、そんな必要も見出せないので、こうして市販品を買いに来るのだ。
三歳児の背丈は、ここでも少し不便だった。なにしろ、陳列棚の下の方しか見えないわけで、陳列棚というものは、下は基本的に重いものしか置いていないので、征士に抱き上げてもらわないと、志之武には商品が見えないのだ。
これと、あれと、と普段どおりに品物を選んで、征士が志之武を抱えている代わりに、志之武は選んだ商品を手に抱えている。
こんな買い物もたまには面白い、と思ってしまう征士だった。そろそろ、このちびっ子しのさんにも慣れてきたらしい。
「ねぇ、せぇさん。あのナプキン、かわいーよ」
「あぁ。うん。良いかもな。ポーション皿に敷くのに丁度良い」
いつもは手を出さないものだが、感覚も子供返りしているのか、志之武が珍しく柄入りの紙ナプキンを指差した。
とはいえ、必要かなぁ、などとたまに話してはいることなので、別に不要なものではない。
それに、志之武が気に入ることなど珍しくて、こんな小さな子供の志之武に浮かれているせいもあって、買ってやろうという気になった。後で、こんなもの、と怒られることもないだろう。自分で欲しがったのは、志之武も覚えているはずだ。
「あとは良いか?」
「えっとぉ。紙ナプキンとぉ、コーヒーフィルターとぉ、マドラー。みんなあるよ」
「よし。じゃあ、会計して次に行こう」
抱きっぱなしだとやはり少し重い志之武を降ろして、反対に志之武の手から商品を引き取ると、志之武の手を引いてレジに向かう。志之武は楽しそうにぴょんぴょん跳ねながら後についてきた。
必要なものを買ってしまうと、あとは思いつく限りウインドウショッピングを楽しむのは、それも普段と同じだ。店の中を回って、DIY用品売り場で今の志之武には大きな工具でふざけて、園芸用品店では小さな鉢とコスモスの苗を買い、食器売り場で店に出すグラスやカップを物色し、一揃いのティーセットを買って店への宅配便を手配し、ようやくビルを出た。
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