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 にしても、まさか両親を呼んでるとはなぁ。

 そうぼやいて、征士は腕枕の上の恋人を軽く睨みつける。志之武は、悪びれる様子もなく、軽く肩をすくめた。

「いつまでも不義理にしておくわけにはいかないでしょう? 僕のことも落ち着いたし、ふと考えてみたら、一度もご挨拶してないなぁって思って」

 そばにくっついていると、さっき一度したばかりなのに、また欲しくなってきてしまう。もう、際限なんてなくて、仕方がないので無理やり抑えつけている状態だ。
 でも、そんな淫乱な自分は恋人には知られたくなくて、わざと平然を装う。とりあえず、それだけの余裕は作れるようになっていた。もう、いい加減、いい年なんだから、と自分に言い聞かせ。

 そんな恋人の苦労を知ってか知らずか、征士はむぅと唸った。

「でもよ。いいのか? うちの両親は、世間様で言うところの良識家だからな。そう簡単には祝福してもらえないぞ」

 それは、今の立場というよりも、男同士、という性別の問題なのだが、志之武はその指摘に、困ったように笑った。
 仕方がないのだ。これはもう、生まれて持ってしまった性別なのだから、従うより他に、術はない。それでも諦めきれない仲なら、否定する人間とは戦うしかないのである。

 結局、話をしたといっても、万人に理解できる上っ面だけを説明したに過ぎない。
 土御門は、法律上は宗教法人なので、その体裁上の実態を説明した上で、信者というものは存在しない、特殊な集団であること、御祓いや占いなどの手伝いをしていると言うこと、霊剣術師という仕事が存在する事実、それに、福利厚生のしっかりした会社のようなところであることを、とりあえずわかってもらうのに留めた。
 霊がどうの、妖怪がどうの、という話も、前世の記憶があると言う話も、まだ話せない秘密だ。

 半信半疑ではあるものの、集まった全員がそういう世界の人間であることは納得してもらえたらしく、連絡先を教えて、これからは度々連絡する、と約束をして、帰ってもらった。
 それ以上のことは、これからの問題なのだ。まだまだ、山積状態である。今までの不義理の付けだと思って諦めるしかないだろう。

 そもそも、征士が高校卒業後すぐに実家を飛び出してしまった理由は、志之武にある。別にそうして欲しいと言った訳ではないが、志之武を助けたくてそんな決断をしたことには変わりがない。だから、責任を感じてしまうのだ。再会する前までは、自分のことで精一杯で、征士のことまで考えられなかったから。

 今は、反対に、征士を優先して考えるようになっている。志之武の将来は定まってしまって、これ以上あがいても無駄なのだ。となれば、自分のことより征士のことを考えてしまうのは、至極当然の成り行きである。

 それ故に、本人には怒られるか拗ねられるかすることはわかっていながら、余計な世話を焼いた。自分は結局、母には先立たれ、父には疎まれて育ってしまったから、やり直しの効きそうな征士にちょっかいを出したくなるのだ。

 思わぬ志之武の企みに拗ねて見せながらも、征士はそんな行動をする志之武の気持ちに、心から感謝していた。できれば、両親に自分たちの関係をわかってもらって、志之武のことも実の子と同様に可愛がってやって欲しいのだ。両親に恵まれていない志之武だからこそ、親の愛というものを味わって欲しい。

 年が明けたら、志之武を連れて、実家に遊びに行こう。

 そう思う。

「なぁ。両親に、紹介しても良いか? 結婚相手として」

「え?」

 それは、さすがに思ってもいなかった申し出で、志之武はびっくりして聞き返した。それに、征士が苦笑を返す。

「わかってもらえなくても良い。でも、俺の選んだ人だ、って、報告しておきたい」

「僕はかまわないけど。いいの?」

 それは、やはり男同士だから、その事実は変わらないから、遠慮してした問いかけで。征士はそれに、迷うことなく頷いた。
 
「わがままかもしれないけど、俺は、俺に関わる皆に幸せになってもらいたい。だから、両親と仲違いしたままなのは嫌だし、どうせいずれはバレる事なんだから、自分の口から自信を持って紹介しておきたいと思う。ま、頭固いからね、あの人たち。わかってくれないかもしれないけど。それはそれで、仕方がないよ」

 そんな心配よりも、本当は、志之武を心から幸せにしてやりたいだけなのだ。こうやって、自分に気を使わなくても済むように。

 志之武が土屋家の跡取りとして京都に帰る日も、そう遠い未来ではない。それまでに、自分の実家の問題は片付けておかなければならないのも、また事実である。
 志之武が京都へ帰るのならば、自分も付いていくつもりでいるし、まさかあんな大家で堂々と亭主宣言する勇気はないが、内縁の旦那くらいの地位は確保したい。となれば、自分の方の後顧の憂いは無くしておくに限るのだ。

 そんな征士の裏事情に気づいているのかどうなのか。志之武は、ふぅん、と相槌を打ちつつ、そろそろ眠そうに欠伸をかみ殺している。それを見つけて、征士は身に余る幸せに震えるのである。

 愛する人が腕の中にいて、無防備な表情を惜しげもなくさらしてくれる。
 これが、どこにでもいる普通の人であれば、そんなことは普通なのかもしれない。だが、志之武の場合、無防備でいるということは、命の危険を伴う。立場がある分、敵も多い。そんな人が身も心も預けてくれているということは、それだけ頼ってくれているということで、男にとっては至福の時といっても良い。

「しのさん。もう寝る?」

 幸せをかみ締めていたことは、志之武には知られないように。しっかり胸の中にしまいこんで、そう声を掛ける。眠そうなのは、欠伸をしていたのでわかるが、それだけではないのも知っているから、苦笑を隠せない。

 問いかけに何やらエッチな含みがあるのを感じて、志之武は首を傾げた。それなら何故、しよう、と言ってくれないのか。誘って拒む志之武ではないのは知っているはずなのに。

「意地悪?」

「たまには、しのさんの方から言ってごらんよ。いつも、俺ばっかりがっついてるみたいじゃんか。不公平だと思わない?」

 もうこんなにしてるくせに。そんな恥ずかしい台詞をいとも簡単に言ってのけて、志之武の一番大事なところをその手に収める。志之武が小さく悲鳴を上げた。こうしてそばに寄り添って身体を触れ合わせているだけなのに、それだけでこんなに感じてしまう自分に、志之武は恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。

「だって、そんなこと」

「このまま、寝るの?」

 辛くない? そんなことを言いながら、手は人質に取ったそれを愛しそうに撫で上げた。撫でられているだけなのに、感じすぎてしまって、悲鳴を漏らす。それを我慢している志之武を見ていて、征士はもっと苛めてやりたい衝動に駆られた。
 耳まで真っ赤にして、欲情を押し殺す恋人の姿は、それだけでも実に扇情的で、もっと見たくなるのだ。それは、そんな表情をする彼がいけない。そう、言い訳する。

「でも。嫌いになったりしない?」

「はぁ?」

 問われた言葉があまりにも突拍子がなくて、征士は思わず聞き返してしまった。それが、何故そんな問いになるのか、まったく想像も付かない。手もそれを握ったまま固まってしまう。

「何で? 俺が、しのさんを、嫌いになるわけないだろ。万に一つもないぞ。うん」

「だって、僕、淫乱みたい。身体に触ってるだけなのに。欲しくて欲しくてたまらなくなるなんて」

 恥ずかしそうに、囁く声でそう訴える言葉に、耳を疑った。つまり、それって。

「ベタ惚れしてる、ってことじゃん。恥ずかしくないぞ。俺なんて、仕事してるしのさんの横顔見ながら、何度押し倒しそうになったか。いつもだって、無理させたらいけないと思って、自重してるんだぞ、これでも。足りないなら足りない、って言ってよ。もっともっと、気絶するくらい、良くしてあげられるよ?俺」

 ほら、触ってごらん。そう言って、志之武の手を取り、自分のところに導いてやる。
 先程から、欲望の証が触れるか触れないかの場所でこすれていて征士の忍耐力を試していたところに、志之武のあんなに扇情的な顔まで見て、もう限界ぎりぎりまで来ていた。すぐにでも押し倒してやりたいくらいに。
 それなのに、そんな可愛いことを言われたら、いくらなんでも理性がもたない。

 触らされて、握ってみて、欲しい気持ちが膨らむのを抑えられない。この人を、こんなに愛している。それが、恥ずかしかった。恥ずかしがってはいけなかったのに。自分が恥ずかしがっていたせいで、征士に我慢を強いていたなんて思わなくて。

 気持ちよくさせてあげたい。素直に、そう思った。

「これ、食べても良い?」

 甘えた声でそう言って、返事も待たずに、志之武は布団の中に潜り込んだ。手探りで、愛しいものを口に含む。征士が、息を止めたのがわかった。次いで、気持ちよさそうなため息がもれる。それが、嬉しい。そう、させてあげられることが。

「ちょっ、しのさん。駄目。出る」

「良いよ。出して」

 残らず飲み干してあげる。一滴も残さずに、舐め取ってあげるから。

「イって」

 男同士だからこそ、どうすれば良いかなんて手に取るようにわかる。こんなことも初めてではないから、どこが弱いかも良く知っている。だから、我慢しないで。どうせ無駄なんだから。

 いつもと立場が反対なのに、なぜか興奮している自分を見つけて、志之武は照れ隠しに笑って見せる。口元に付いた残りまで舐め取って、くすくすと嬉しそうだ。
 そんな志之武に、征士は思い切り抱きついた。そのまま、枕と反対方向に押し倒す。回しっ放しのエアコンが部屋を適度に暖めていて、火照った身体に気持ちが良い。

「それだけ煽ったってことは、良いんだよな? もう、歯止め利かないぞ?」

「うん」

 歯止めなんて、そんなものは要らないから。好きなだけ、この身体を貪ってくれていいから。良すぎて気絶するくらい。いや、それ以上。

「貴方が欲しい」

 囁いた途端、唇を塞がれた。息が苦しくなるくらい深い深いキスをする。

 愛しているから。離したくないから。目いっぱい抱きしめる。一生、一緒にいさせて欲しい。お互いに、そう思うから、どこまでも、相手が欲しい。

「死ぬまで、離さない」

「死んでも離さないで」

 それはだって、前世でそうした間柄だから、不可能じゃないことは知っているから。

 自分の中心を苛み続ける愛しいその凶器を、離さないように貪るように締め付けて、志之武はこれ以上ないほどの、幸せな幸せな嬌声をあげるのだった。



おわり





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