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「いいですか? 呪詛返しの基本です。術を始める前に、確認すべき事項は全部で3つ。呪詛をかけられた正確な日時、呪詛をかけた呪者と術者、それに、呪詛にいたった背景です。3つ目は余裕があれば確認する程度の認識でかまいません。ですが、他二つは絶対です。
 今回の場合、呪詛返しに失敗した分、呪力が2、3倍に膨れていることが予想されます。ということは、本来の呪力は今見えている状況の半分以下。最初にかけられた分については、そう厄介な呪詛でもなかったということです。でなければ、彼は今頃、声など出せなくなっているはず」

 そう言って、志之武は高准を振り返る。

「おそらく、高准殿も見立て間違いをしましたね。この呪詛は、裏御門によるものではありません」

 それを聞いて、よほど驚いたらしい。高准がいきなり体を起こした。征士に抑えられながらも、身を乗り出す。

「それは、本当ですか?」

「えぇ。私も、裏御門の人間ですから、そのくらいの見立てはできます。裏にはこんな力を使う人はいません。おそらく、いざなぎ流でしょう」

 いざなぎ流。それは、日本のある地方に伝わる、土着の陰陽道である。土御門家がその存在を確認だけしていて、実際に内情までは把握できていない、第二の勢力であった。
 それは、土地に深く根付いたものである反面、生活密着型陰陽道であり、他人を呪詛するなど基本的にないはずなのだが。

 現に、土御門とは別の力であることには間違いないのだ。それに、仏教系の力でもないのは、仏様の力が一切感じられないことに根拠がある。さらにいうと、アマテラスの神道系でもない。

「明らかに、仏様とアマテラスの神々の力は、一切感じられません。かすかに道教の香りはありますが、それも、土御門ほどのあからさまな物ではない。土着である可能性があります。と、ここまでの推測はしてください。
 仏様に対して祝詞を唱えたり、神々に対してお経をあげても、ほとんど効果はありません。呪いの為に何を使われているか、それを見破ることが、この仕事を成功させる上で重要なポイントです」

 ふんふん、と、頷いて聞いている僧が、何人か見受けられるようになったのに、じっと眺めていた征士がまず気づいた。どこから取り出したのか、ノートと筆記具にメモを取る者も現れる。それに、遅れて気づいた志之武が、急に嬉しそうに笑った。

「といったところで、私から皆さんへ申し上げることは以上です。突然集まっていただいて気を悪くされたかと思いますが、今後御自分がたで処理されるときに役に立つかと思い、説明させていただきました。繰り返しますが、今回の、私が怒るに至った事態を深く反省し、今後に生かしてください。もう、ご退出いただいて結構ですよ」

 呼び出しておいて、最後まで態度の大きい陰陽師である。だが、そこから立ち上がって気分を害したように出て行った僧侶は、ほんの一握りであった。後は、微動だにしない。
 それは僧正でも同じであった。そこに座ったまま、仕事振りも見せてもらうつもりであるらしい。一言も発しないまま、座り続けている。

 それを認めて、志之武は半ば承知していたように、くすりと笑って見せた。

「私は、一般的な陰陽師の仕事とは違いますから、参考にはなりませんよ」

 半分は、それだけ言うのなら、その仕事振りを拝見させてもらおうじゃないか、という挑戦的な視線で。それはわかっていて、志之武はあっさりと無視をする。
 立場上、分家とはいえ本家に並ぶ実力者の家の、曲がりなりにも後継者である。挑戦的な視線など、生まれたときから飽きるほど浴びてきた。いまさらどうと言うこともない。

 残りの半分は、単にそれだけ落ち度を指摘できる彼を、単純に尊敬している面々であった。これは、その中では能力のあるほうの人物か、まだまだ駆け出しの若僧侶か、どちらかだ。

 顔ぶれがそろったところで、ようやく志之武は、呪詛を受けた僧侶に身体ごと視線を向けた。

「はじめましょう。少し苦しいですが、もう少し我慢してくださいね。手っ取り早く済ませますから」

 それは、高准に対して話しかけたものらしい。それから、胸の前でパンと手を合わせる。

「解」

 短い宣言。それは、自らが張った結界を解くもので、しばらく楽そうな表情をしていた彼が、途端に苦しみだす。すでに、肺と心臓に大きな負担がかかっている。あと1日遅ければ、間違いなく、あの世に行っていた。そのくらい、死線に近い。

「使った仏様は、ご本尊様ですね?」

 彼の横たわる先に、増上寺本尊である阿弥陀如来像の巨体が神々しく輝いている。それを見上げ、なぜか志之武は、軽く舌打ちをした。

「蒼龍。せいさんを守って」

『御意』

 短い返答が、何もない空間から返ってくる。それは、深く太く神聖な、力のある声であった。やがて、征士の背後に、全身が青く輝く青年がかしこまる。
 それをちらりと見やって、征士は気を引き締めた。志之武の式神の中では最強の、精霊界の管理人、蒼龍に守られなければならない相手だ。
 何しろ、阿弥陀如来である。格が馬鹿でかい。これを斬らなければならないのだから、自然と力が入る。

 志之武が祝詞を唱える姿は、征士ですらそう何度も見ているものではない。なにしろ、観世音菩薩クラスの神仏まで、祝詞による祈念無しで木端神に降ろしてしまう、型破りな陰陽師なのだ。志之武がこんな風にかしこまる相手は、仏教系なら如来クラス、神道系なら天照大御神ほどの高位の神々くらいだ。

「我請阿弥陀如来降臨っ」

 途端、護摩の火が勢い良く燃え上がった。その陽炎の向こうに、見えるのは、阿弥陀如来の姿だ。

「行くよ、せいさんっ」

「おうっ」

 声をかけられて、持ち込んだ愛刀をすらりと鞘走らせる。志之武が持ち上げる手に従って、護摩の火はいっそう燃え上がり、やがて千切れた。浮き上がった火の玉は丸くまとまり、何を媒介に燃えているのか、その姿を留めている。

 その火の玉に向かって、高准の身体から引き剥がされる黒い空気の塊が、吸い込まれていくのを、その場にいた全員が目撃していた。

「斬ってっ」

 ザンッ。

 黒い気を吸い込んで暗褐色に色を変えた火の玉を、声とともに真っ二つに斬って捨てる。まさに阿吽の呼吸の象徴とも言うべき、絶妙なタイミングであった。





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