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 呪詛払いなどをする可能性のある法力僧を全員集めろ、と言われて、さすがに怪訝に思った玄駿僧侶であったが、了解して立ち去っていく。
 入れ違いに、陰陽師が来たという報告を受けたのだろう、この寺の最高責任者である僧正が姿を見せる。付き人を二人従えていた。

「初めてお目にかかります。この度は、御足労をおかけいたしました」

 かなり老齢な僧正は、歳の割にはしっかりした足取りで、志之武の面前までやってくる。
 なかなか礼儀が正しいのだが、志之武の目から見ると、生臭だなぁ、ということになる。志之武の僧侶を見る眼は確かだ。

 まぁ、それはともかくとしても。

「御挨拶に御伺いせず申し訳ありません。一刻も早く現場を見せていただきたかったもので。作業を皆さんにお見せしようと思うのですが、一緒にご覧になりますか?」

 急げと言われて走ったのだろう。出て行った玄駿僧侶が何人かの僧を連れて戻ってきた。かなり速いスピードで、少し見直した。

 戻ってきたのを見とめて、征士が先に動く。被害を受けた術者のそばにしゃがみ、付き添いの僧に視線を向けた。

「この方のお名前は?」

「高准と申します」

 名乗りを受けなくても、どうやら二人揃って入ってきたのは見ていたらしい。陰陽師の片割れだとわかって、答えてくれる。頷いて、付き添いの僧には離れるようにと声をかけた。

「高准殿。呪詛返しをします。もう少し頑張ってください」

 その言葉を、どうやら聞くことができたらしい。彼は、気丈にも頷いた。さすがに、当事者は自らの命をかけている分、肝が据わっている。

「しのさん」

 振り返って、征士が声をかけた。こちらの準備はOKだ。いつでも、呪詛返しに取り掛かれる。

 頷いて、志之武は自ら呼びつけた観客たちを見回す。そして、あからさまにため息をついた。

「増上寺ともあろう大寺院が、まさかこんなことをしているとは信じられなかったのですが、まさか皆さん、こんな基本的なことをご存じなかったわけではないでしょうね? 呪詛返しに失敗した場合、どうしたらいいのか」

 それは、と全員が顔を見合わせた。この年若い青年がいったい何を言い出したのか、半数はわかっていない。残り半数は、恥ずかしそうに顔を背けた。
 僧正はというと、法力僧の出ではないのだろう、わからない半数のうちに数えられている。

「後始末を引き受けるつてがある場合は、処理が行えるようになるまで、結界を張って封じ込めておくべきですし、人通りなど以ての外。このように本堂が祈祷場になった場合でも例外ではありません。ただでさえ悪気に敏感になっている場に、人の念をせっせと送り込んでどうするんですか」

 今回のように、後始末ができる場合は、現状維持が原則で、呪詛の力を増やしても減らしてもいけないのが基本である。そのようなことは、法力を勉強するに当たってまずはじめに学ぶことであり、ここに集まった全員が知っていて当然な、基本中の基本なのだ。

「あの……」

 恐る恐る、年の若い、おそらくまだ修行中の身である格好の僧が、そう問いかける。どうやらここに、勉強のために集められたらしいのは、勉強中であるからこそ、すぐにわかった。それゆえの質問である。

「後の始末をつける手がない場合は、その限りではないと?」

「術者を殺してください。それが一番手っ取り早い。……とはいえ、人殺しは法律で禁じられていますし、仏教では殺生の禁というものが存在しますからね。薬で眠らせて、ぐるぐる巻きに縛り上げて、地下牢にでも丁重に押し込んでおくのが現実的でしょうね」

 そんな、と呟いて、その若い僧は絶句してしまった。年齢が行くほど、経験量がかさむほど、それは実感を伴っているらしい。苦しげな表情で俯いている。

「さて、現実的な話をしましょうか。今現在の状況を確認しましょう。どなたでもよろしいですから、認識している事実を答えてください。まず、呪詛を受けた、この場合は失敗した、日時は正確にわかりますか?」

 それは、依頼をした上で、聴聞を行った調査班の陰陽師に説明済みの内容だった。僧侶たちがそれぞれ顔を見合わせる。そこに、口を挟んだのが征士だ。

「祈祷の第一段階は、情報を正確に把握することです。こちらはこの手のことに関してはプロですから、別にこんな確認をする必要もない。今頃こちらの高准殿も楽になっているころでしょう。でも、あまりにも皆さんの意識が稚拙すぎる。でなければ、私たちだって、仕事の邪魔になるあなた方をわざわざ集めたりしません」

 はっきりとは口にしなかったが、つまり、この二人は、自分たちを再教育しようとしているらしい。やっと、そのことに気づいた。言われなければ、そんな判断すらできないことには、誰一人として恥じる者はなかった。思わず未来を悲観してしまう。

「で、日時は?」

 相棒の暴言に肯定も否定もせず、志之武が問いを繰り返す。受けて、再び彼らは顔を見合わせた。腹の立つ状況ではあるが、いちいちもっともなので反論できない。
 さらに言うと、その問いに答えられる者も、実はいないのだ。日はわかっても、時刻までは把握できていない。大体昼過ぎごろ、である。

 と、答えは反対側から返ってきた。呪詛返しをした、当の本人。高准の声だ。

「一昨日、22日の14時から祈祷を開始した。この身に呪詛を受けたのは、始めて32分後」

「さすが。ですが、当事者は大人しく寝ていてください。天狗たち、敷布を作ってあげて」

 とりあえず誉めておいて、ぴしゃりと叱りつけた。志之武の声に従って、烏天狗たちがどこからか現れたのを、その場に居合わせた全員が、あんぐりと口をあけ、見守った。
 天狗たちは、堂の隅に積み重ねられた座布団を持ってきて整然と並べ、その上に、どこからかくすねて来た白い大きな布をかぶせる。見た目は立派な敷布団が完成である。作り終えて、天狗たちは現れたときと同様に消え去ってしまう。

 寝ていろ、と半ば押し倒されるように征士に促されて、高准はようやくそこに横になった。とはいえ、やはり相当苦しいのだろう。横になってもうずくまる姿勢は変わらない。

「とりあえず、周りに結界を張っておきます。少しは呼吸が楽になるはずですよ。藤香、葵、手伝って」

 手伝って、と言った相手は、おそらくは天狗と同じように人間ではないものなのだろうが、そもそも、手伝えと言ったにも関わらず相手はどこにも見当たらない。それでも、志之武は気にした様子もなく、口元に手を合わせて何事か呟いている。それから、そっと手を離した。

「守護結界」

 宣言したそれすら、呟きに近い。が、その声に従って、高准を中心に円を描いて結界が張り巡らされる。征士がそばに付き添っているため、結界の中に一緒に閉じ込められた。それを、どうやら承知していたらしいが。

「続けましょう。他の皆さんは、正確な日時を覚えていないわけですね。ということは、私が土御門の事務局から受け取ってきたこの調査書は、誤りである可能性もあるわけだ」

「いえ、それは、高准様が御自ら対応されたものですので」

「はい。それを、胸を張って言わないでください。私が指摘したかったのは、まさにそこです。彼の他に誰一人把握している人間がいない。つまり、裏返せば、もし呪詛の力によって彼が死の床に倒れたとき、他にその状況を引き継ぐ人間がいないということになります。違いますか?」

 う。口答えしてみた、結構高位の僧侶が、言葉に詰まる。
 確かにその通りなのだ。外部者に説明できたということは、高准の体調自身に問題があったわけではない。それなのに、内部の人間が一人も知らないということは、内部調査をまったくしていないのと同義である。胸を張っていられる状況ではない。

「それでも、彼がもし亡くなって、それで呪詛も解決するのであれば、それもまた良いでしょう。ですが、この手の呪詛は、術者だけではなく、建物全体に及ぶこともあるんです。そうなった場合、手の施しようがないでしょう。何をどうしたらこうなったのか、それによって取る行動が変わってきます。状況が判断できなければ、そこを遡って事態把握に時間をかけなければなりません。そうなったら、如何な私でも一日二日では片付けられませんよ」

 がみがみ、と叱り付ける若者を、居合わせた全員が、身を縮ませて見守った。お怒りが解けるまで、下手に発言しないほうが身のためだ、と悟った結果だった。だが、それにも手落ちはあるもので。

「では、次の質問です。この呪詛をかけた相手はご存知ですか?」

 それも、もちろん、調査書には記載されているはずだ。だが、質問の意図は先の質問で明確にされているし、そこは正しい答えを返さなければならない。といって、怒れる志之武青年に睨まれるという、肝の縮むような役目を、誰が買って出ると言うのだろう。しかも、やはりこれも、誰一人として把握していないのだ。

 しばらく待って、はぁ、と深いため息をつく。

「助手の方もいないんですか? 高准殿、聞こえてますね? 駄目ですよ、こういう危険な行為は、失敗の心配がない場合でも、一人くらい助手をつけておかないと。他のお仲間の後学の為になりません。反省なさってくださいね」

 さすがに被害者には優しいらしい。とはいえ、やはり叱っているのに違いはないのだが。





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