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 何も、クリスマスイブに緊急の仕事を入れることはないだろうに。

 志之武と征士は、ちょっとした理不尽さを感じつつ、芝の増上寺に立っていた。
 12月24日。世間はクリスマスイブの喜びに胸を膨らませている頃。

 反対に、寺院ではひっそりと静まり返っていた。クリスマスということは、今年もあとわずか。年末年始に向けて、寺院内では事務仕事に追われている。

 午後1時。普段ならば、経営している喫茶店で、お客に混じってのんびりほうじ茶でもすすりながら寛いでいる時間だ。
 クリスマスイブといえば、人々の待ち合わせで、喫茶店も稼ぎ時なのだが、どうやら今年は諦めるしかなさそうである。

 仕事の依頼内容は、なかなかに厄介だ。

 寺社から来る依頼は少なからず厄介なものなのだが、今回はそれに輪をかけていた。境内に足を踏み入れた途端に、志之武がこれ以上ないほどの嫌そうな顔で、厄介だなぁ、と呟いたくらいに。

 芝といえば、東京タワーで有名だが、この増上寺はそのすぐ隣に位置している。クリスマスともなれば、クリスマスイベントで東京タワーも客が多い。
 そんな中で、呪詛払いを引き受けた増上寺であったが、何しろ不特定多数の人間が集まる電波塔のすぐそばでは、雑念が多すぎるのだ。呪詛払いを決行したのが日曜日であったこともあり、電波塔で増幅された人々の念が悪影響を及ぼして、呪詛払いを失敗してしまった。

 二人が受けた依頼とは、その失敗した呪詛払いの建て直しなのである。

 最近、志之武にかかる依頼は、一度失敗した呪詛払いの再施行、といった類がダントツに多い。それが出来る人間が、土御門の配下には少ないのと、成功実績を志之武が一人で積み重ねているせいだった。
 寺社関係者は、風の噂に、土御門にその手の仕事が出来る術者がいることを聞きつけ、頼みの綱と頼ってくるのである。立場的には、土御門とは神道系土御門派という立派な宗教法人であり、他宗教の元締め相手に頭を下げるわけで、プライドを考えるととんでもない話なのだが。

 最近、そんな仕事ばっかりだなぁ、と征士がぼやいて見せると、志之武はそれに賛同しながらもくすくすと楽しそうに笑った。

「頼みの綱にしてもらえると言うことは、食い扶持が繋げるってことだからね。ありがたい話だよ?」

「そりゃ、そうだけどさ。なんか、自分のプライドはどうした、って感じじゃないか?」

「ま、最近増えてきたってことは、あてにしてるわけでもあるしね。確かにプライド疑っちゃうけど」

 軽く肩をすくめ、志之武が先に立って、増上寺の祈祷等受付口へ向かう。二歩歩いて、振り返った。

「帰りに、ケーキ、受け取っていこうね」

「ケーキ屋が開いているうちに、仕事終わらせてくれよ」

「努力する」

 もちろん、と答えてくれないのは、自分の力に自信がないから、ではなくて、ただ単に慎重なだけで。征士はその答えに概ね満足したらしく、苦笑して頷いた。

 受付で出迎えた若い僧侶は、この日土御門から陰陽師が派遣されてくることは知っていたものの、志之武の若さにいぶかしんだ。
 何しろ、増上寺でも手におえなかった呪詛の始末を頼んだのである。もっと経験豊富な壮年の術者が来るものと思い込んでいた。まさか、こんなに若い陰陽師が大変な術者であるとは、信じられないのだ。

 だが、取次ぎを受けて迎えに出た年嵩の僧は、そんな若者をたしなめた。外見で判断するものではない。内に秘められた秘めきれない呪力を、彼は肌で感じ取ったのだ。

「玄駿と申します。僧正様の元へご案内を」

「いえ。先に御祈祷場へ案内してください。御挨拶は、片付けてからさせていただきます」

 普通の呪詛払いとは違う。一般的に呪詛払いの場合、一刻を争うことはまずなく、先に状況判断材料を集めるところから行うものである。だが、このように、一度呪詛払いに失敗したものが相手である場合、そんな悠長な手順を踏んでいる時間はない。
 どちらにせよ急がなければならないのは確かだが、事態が悪展開している方が、スピードを求められるのだ。だからこそ、こういう場合はとにかく急ぐ。出来る限りのスピードで。

 では、何故先ほど境内に立ち止まっていたかというと、そこが志之武の志之武たる所以なのだが、呪詛の侵食具合を遠目から確かめていたのである。征士と無駄話をしながらも目は一点を見つめていたことでも、それはうかがえる。

 案内されたのは、なんと、本堂だった。志之武が、厄介だと呟いた理由がこれだ。しかも、本堂であるからには仕方がないのだが、一般参拝客には参拝禁止に出来ても、この時期では本堂を立ち入り禁止にするわけにもいかず、所属する僧侶たちが右往左往しているのだ。
 どうやら呪詛払いを行った術者らしい僧侶が、剃髪している頭いっぱいに冷や汗をかきながら、護摩壇の前にうずくまっていた。付き添いに、これも力はそこそこあるらしい熟年の僧侶がいて、時折汗を拭いてやっている。

 そんな状況を見て、志之武は深くため息をついた。

 場所がまず、いけない。東京タワーの真下では、人々の念の力から抜け出すことはかなわないのだからしかたがない。そして、現状維持の状況が悪かった。
 本来ならば、どんなに大きな堂であろうとなんであろうと、結界を施して堂内を立ち入り禁止にし、しかるべき処置の出来る人物の登場を待つべきなのに。これでは、人の出入りに合わせて、それぞれの念を追加しているようなものだ。刻一刻と事態が悪化していく状況なのである。

 まったく、とんでもない話だよ。そう、志之武はため息混じりに呟いた。

「せいさん。観客入れても良いかな?」

「おう。それは構わんが、どうするんだ?」

「いい機会だから、呪詛払いの講義でもしようかと思って」

 その一言で、志之武の呆れ具合がわかった。苦笑して、やはり征士は頷く。大抵、志之武の思いつきに反対することはない征士だ。よほどのことがない限り、志之武の好きにさせてくれる。
 それは、自分を押し殺しているわけでは決してなく、それが彼にとっての自然なのだ。彼の思いつきに従っていたほうが何かと楽しいことは、長い付き合いで実感していた。





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