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 丁度戻ってきた瀬戸女史は、志之武の膝から猫が消えているのに、首を傾げた。部屋を出て行った様子はないが、姿が見えない。

「そろそろ始めましょうか」

 志之武の立ち上がる仕草は、まるでモデルのようだ。スッキリした身体を自然に動かして、ゆったりと立ち上がる姿に、安定感がある。その動作を、彼女は思わずうっとりと見つめてしまった。

 志之武が再び店内に姿を見せると、店員たちが一斉に振り返った。そして、あからさまに顔を見合わせる。その表情が、なんだか嬉しそうだ。

「すっごい美青年」

「いやぁん。きれぇい」

「こら、貴女たちっ」

 どうやら、志之武の姿に、多少のショックを受けていたらしい。その声を受けて、志之武は嬉しそうにくすくすと笑った。笑う志之武に、また彼女たちが、ほう、と幸せそうなため息をつく。

 その中の一人が、志之武に近づいていった。

「あの。どなたかと御付き合いされてるんですか?」

 途端に、女たちの目の色が変わった。抜け駆けをした彼女に対する嫉妬と、その質問の答えに対する興味が入り混じる。えぇ、と頷くのに、全員ががっかりしたように肩を落とした。あまりにも行動が同じで、思わず笑ってしまう。

「さて、どこから手をつけましょうかね。鳳佳、御姉さま方の御相手、よろしくね」

『何で僕だよ。もう、志之武、最近、人使い荒いぞ』

『それを言うなら、式神使いじゃ。荒いぞよ』

 突然、そこに少年が現れる。そして、一瞬遅れて、隣に少女の姿。何もなかったところに突然現れたので、店員たちは全員、度肝を抜かれたらしい。固まったまま動けないでいる。

 くす、と志之武が笑った。

「嫌なの?」

 聞き返されて、む、と鳳佳が口をつぐむ。何しろ、御相手を頼まれたその人たちは、みんな美人ぞろいで、優しい心根の持ち主ばかりなのだ。居心地は悪くない。

『まぁ、いいけど』

 少し機嫌を直したらしい、ぼそっと答えて、そっぽを向いた。志之武はその反応に、始終楽しそうに笑っている。

 その志之武に、少女が近寄っていった。

『見てきたぞよ。ちっと厄介じゃな。生霊に狙われておる。しかも、どうも自覚しているふしがあるぞ。逃げられてしもうた』

「逃がした、でしょ? 追える?」

『うむ。それは良いが、見つけてどうするのじゃ?』

 あまり乗り気ではない彼女の言葉に、ん〜、と志之武は考え込んでしまった。それから、首を振る。

「名前だけ、調べてきて。後は、個人で何とかしてもらう」

『心得た』

 答えて、彼女はまた、現れたときと同じように、すっと姿を消した。

 鳳佳は、自分に与えられた仕事を、どうやら楽しんでいるらしい。御姉さんたちにネイルアートの実験台になって遊んでもらって、まんざらでもない様子だ。その輪から一歩離れて、瀬戸女史だけが、志之武を見守っている。

 何しろ、驚いてしまうのだ。彼は、ただ占いが得意なだけの喫茶店の店員のはずだったのだが。もしかしたら、霊能者、というのが本職なのだろうか。そう、疑ってしまう。見つめられている志之武は、自分が見つめられていることに気づいているのか、自分の世界で大きな姿見の前に立ち、斜め上を見つめている。

 しばらくして、何をした様子もないのだが、彼が戻ってきた。

「除霊と妖怪退治は終わりましたよ。レイアウトの方を、考えましょうか」

 おいでおいで、と手招きをされたのは、瀬戸女史一人であるらしい。少年を囲んで楽しそうな店員たちは、見向きもしない。

 待合席のソファに、灰皿を置いたテーブルがついていて、志之武はそこに、持参したレポート用紙を広げた。手早く現在の店のレイアウトを記入していく。そして、その横に、いろいろとメモのようなものを書き記した。水槽もしくは海の絵か写真、サボテンなどの乾燥地適応植物、等といった事がその内容だった。

「それは?」

「今のレイアウトに足りないものです。まず、観葉植物。あまり水分の多い土を必要とするものは好ましくありません。サボテンとかアロエ、ミニやしなんか、良いと思います。それから、受付のそばに熱帯魚の水槽、それが駄目なら南海をイメージした絵か写真を置いてください。あたたかい水のイメージが必要です。それと、作業台のレイアウトを少し変えた方が良いですね。この土地だと、一定方向を向いているよりは、バラバラにした方が商売繁盛に向きます」

 デザインは、一緒に考えましょう、と志之武は瀬戸女史を見やった。

 そもそも、志之武はインテリアコーディネーターではないし、そういった、店内レイアウトの話では素人である。だからこそ、店主の意向に沿うように、模様替えをしようと思うのは当然のことである。

 大体の方向性を確認すると、今度はレイアウトの変更である。ここで、店員たちの手を借りることになった。いかがわしいが美人な霊能者と店主の指示である。全員が喜んで協力した。作業に必要な物品が、それぞれ女性の細腕でも運べるような小さなものばかりなので、自分の机は自分で移動する、が出来ている。志之武と受付嬢は協力して受付を動かした。

 観葉植物は、ガーデニングが趣味という女性が引き取りを買って出て、今の木は引き取ってもらい、変わりにアロエやサボテンの鉢をたくさん置くように変更。それだけだと緑がないので、緑色に彩色したプランター台を置くことになった。

 熱帯魚の水槽は予算の関係ですぐに用意することは無理なので、受付に大きめの卓上カレンダーを置くことに決定した。イラストはもちろん、海の絵だ。とはいえ、今は持ち合わせがないので、これから買いに行くことになるのだが。

 そんな作業が終わった頃、再び志之武の元に少女の姿が現れた。

「高木佐奈さん?」

 聞き返した途端に、向こうの方で作業していた瀬戸女史が、はっと振り返った。知っている名前らしい。その行動を見て、志之武は状況を把握したらしく、少女にありがとうと礼を言う。

 さて、瀬戸女史に近づいていった志之武であるが、そばで彼女の目を見つめ、それから寂しそうに目を細めた。

「あとは、お互いに、話をなさってください。何故そのような行為に出たのかは分かりませんが、高木佐奈さんという女性が、この店に悪意を持っていらっしゃるようです。今は特に影響もありませんが、生霊になって店内に現れるくらいですから、何か強い意思で動いているはずです。そのうち、物が勝手に動く、とか、ラップ音が聞こえるとか、そういった霊障になって現れるようになりますよ」

「佐奈さんが、そんなことを」

 どうやらショックが大きかったらしい。ということは、原因はわかっていても、その大きさまでは気づかなかった、といったところなのだろう。悲しそうな表情を見せる店主に、どうやら訳知りらしい店員たちが近づいていって、慰めるようにその身体に触れる。今時珍しい、優しい人たちの店である。

 その人物のことについては、彼女たちに任せておけば問題ないだろう、との判断をして、志之武は帰ることにした。もう時間も遅いし、なにより、征士を待たせている。早く帰って自分の店の片付けをしたい、というのが本音だ。

「では、私はこれで」

 ぺこり、と頭を下げて店を出ると、店員全員で追いかけてきた。

「あの。本当に、無料でよろしいんですか?」

 それは、引き受けたときに『無料で』と条件付けていたので、志之武はそのつもりだったのだが、彼女たちの気持ちがどうやらその質問をさせたようだ。えぇ、と頷くと、瀬戸女史が後ろを振り返る。それを受けて、店員たちの中でも年上らしい女性が、封筒を持って差し出した。

「これ、池袋のおいしいケーキ屋さんの割引券なんです。良かったら、クリスマスケーキに、使ってください」

 おそらく、彼女たちがクリスマス用に工面したものなのだろう。申し訳ないので断るが、どうしても、と押し付けられた。

「ありがとうございました」

 深々と頭を下げる。思わず志之武も、同じように頭を下げ返した。

 いつの間に戻ってきたのか、志之武の足元には赤い猫が寄り添っていた。





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